傍点]不服はありませんことよ。……けれどもね、あなたが木村のいちばん大切な親友でいらっしゃると思えばこそ、わたしは人一倍あなたをたよりにしてきょうもわざわざこんな所まで御迷惑を願ったりして、……でもおかしいものね、木村はあなたも信じわたしも信じ、わたしは木村も信じあなたも信じ、あなたは木村は信ずるけれどもわたしを疑って……そ、まあ待って……疑ってはいらっしゃりません。そうです。けれども信ずる事ができないでいらっしゃるんですわね……こうなるとわたしは倉地さんにでもおすがりして相談相手になっていただくほかしようがありません。いくらわたし娘の時から周囲《まわり》から責められ通しに責められていても、今だに女手一つで二人《ふたり》の妹まで背負って立つ事はできませんからね。……」
古藤は二重に折っていたような腰を立てて、少しせきこんで、
「それはあなたに不似合いな言葉だと僕は思いますよ。もし倉地という人のためにあなたが誤解を受けているのなら……」
そういってまだ言葉を切らないうちに、もうとうに横浜に行ったと思われていた倉地が、和服のままで突然六畳の間にはいって来た。これは葉子にも意外だったので、葉子は鋭く倉地に目くばせしたが、倉地は無頓着《むとんじゃく》だった。そして古藤のいるのなどは度外視した傍若無人《ぼうじゃくぶじん》さで、火鉢《ひばち》の向こう座にどっかとあぐらをかいた。
古藤は倉地を一目見るとすぐ倉地と悟ったらしかった。いつもの癖で古藤はすぐ極度に固くなった。中断された話の続きを持ち出しもしないで、黙ったまま少し伏《ふ》し目になってひかえていた。倉地は古藤から顔の見えないのをいい事に、早く古藤を返してしまえというような顔つきを葉子にして見せた。葉子はわけはわからないままにその注意に従おうとした。で、古藤の黙ってしまったのをいい事に、倉地と古藤とを引き合わせる事もせずに自分も黙ったまま静かに鉄びんの湯を土《ど》びんに移して、茶を二人《ふたり》に勧めて自分も悠々《ゆうゆう》と飲んだりしていた。
突然古藤は居ずまいをなおして、
「もう僕は帰ります。お話は中途ですけれどもなんだか僕はきょうはこれでおいとまがしたくなりました。あとは必要があったら手紙を書きます」
そういって葉子にだけ挨拶《あいさつ》して座を立った。葉子は例の芸者のような姿のままで古藤を玄関まで送り出
前へ
次へ
全233ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング