もせずに、五|分《ぶ》刈りの地蔵頭《じぞうあたま》をうなだれて深々《ふかぶか》とため息をした。
「僕はあなたを信じきる事ができればどれほど幸いだか知れないと思うんです。五十川さんなぞより僕はあなたと話しているほうがずっ[#「ずっ」に傍点]と気持ちがいいんです。それはあなたが同じ年ごろで、――たいへん美しいというためばかりじゃないと(その時古藤はおぼこらしく顔を赤らめていた)思っています。五十川さんなぞはなんでも物を僻目《ひがめ》で見るから僕はいやなんです。けれどもあなたは……どうしてあなたはそんな気象でいながらもっと大胆に物を打ち明けてくださらないんです。僕《ぼく》はなんといってもあなたを信ずる事ができません。こんな冷淡な事をいうのを許してください。しかしこれにはあなたにも責めがあると僕は思いますよ。……しかたがない僕は木村君にきょうあなたと会ったこのままをいってやります。僕にはどう判断のしようもありませんもの……しかしお願いしますがねえ。木村君があなたから離れなければならないものなら、一刻でも早くそれを知るようにしてやってください。僕は木村君の心持ちを思うと苦しくなります」
「でも木村は、あなたに来たお手紙によるとわたしを信じきってくれているのではないんですか」
そう葉子にいわれて、古藤はまた返す言葉もなく黙ってしまった。葉子は見る見る非常に興奮して来たようだった。抑《おさ》え抑えている葉子の気持ちが抑えきれなくなって激しく働き出して来ると、それはいつでも惻々《そくそく》として人に迫り人を圧した。顔色一つ変えないで元のままに親しみを込めて相手を見やりながら、胸の奥底の心持ちを伝えて来るその声は、不思議な力を電気のように感じて震えていた。
「それで結構。五十川《いそがわ》のおばさんは始めからいやだいやだというわたしを無理に木村に添わせようとして置きながら、今になってわたしの口から一言《ひとこと》の弁解も聞かずに、木村に離縁を勧めようという人なんですから、そりゃわたし恨みもします。腹も立てます。えゝ、わたしはそんな事をされて黙って引っ込んでいるような女じゃないつもりですわ。けれどもあなたは初手《しょて》からわたしに疑いをお持ちになって、木村にもいろいろ御忠告なさった方《かた》ですもの、木村にどんな事をいっておやりになろうともわたしにはねっから[#「ねっから」に
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