傍点]とその姿を見た。
「まあ義一さんしばらく。お寒いのね。どうぞ火鉢《ひばち》によってくださいましな。ちょっと御免くださいよ」そういって、葉子はあでやかに上体だけを後ろにひねって、広蓋《ひろぶた》から紋付きの羽織《はおり》を引き出して、すわったままどてら[#「どてら」に傍点]と着直した。なまめかしいにおいがその動作につれてひそやかに部屋《へや》の中に動いた。葉子は自分の服装がどう古藤に印象しているかなどを考えてもみないようだった。十年も着慣れたふだん着《ぎ》できのうも会ったばかりの弟のように親しい人に向かうようなとりなし[#「とりなし」に傍点]をした。古藤はとみには口もきけないように思い惑っているらしかった。多少|垢《あか》になった薩摩絣《さつまがすり》の着物を着て、観世撚《かんぜより》の羽織|紐《ひも》にも、きちん[#「きちん」に傍点]とはいた袴《はかま》にも、その人の気質が明らかに書き記《しる》してあるようだった。
「こんなでたいへん変な所ですけれどもどうか気楽《きらく》になさってくださいまし。それでないとなんだか改まってしまってお話がしにくくっていけませんから」
心置きない、そして古藤を信頼している様子を巧みにもそれとなく気取《けど》らせるような葉子の態度はだんだん古藤の心を静めて行くらしかった。古藤は自分の長所も短所も無自覚でいるような、そのくせどこかに鋭い光のある目をあげてまじまじと葉子を見始めた。
「何より先にお礼。ありがとうございました妹たちを。おととい二人でここに来てたいへん喜んでいましたわ」
「なんにもしやしない、ただ塾《じゅく》に連れて行って上げただけです。お丈夫ですか」
古藤はありのままをありのままにいった。そんな序曲的な会話を少し続けてから葉子はおもむろに探り知っておかなければならないような事柄《ことがら》に話題を向けて行った。
「今度こんなひょん[#「ひょん」に傍点]な事でわたしアメリカに上陸もせず帰って来る事になったんですが、ほんとうをおっしゃってくださいよ、あなたはいったいわたしをどうお思いになって」
葉子は火鉢《ひばち》の縁《ふち》に両|肘《ひじ》をついて、両手の指先を鼻の先に集めて組んだりほどいたりしながら、古藤の顔に浮かび出るすべての意味を読もうとした。
「えゝ、ほんとうをいいましょう」
そう決心するもののよ
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