たか、始めのうちは押し強く葉子に面会を求めて来たのを、女将《おかみ》が手ぎわよく追い払ったので、近づきこそはしなかったが遠巻きにして葉子の挙動に注意している事などを、女将は眉《まゆ》をひそめながら話して聞かせたりした。木部の恋人であったという事がひどく記者たちの興味をひいたように見えた。葉子は新聞記者と聞くと、震え上がるほどいやな感じを受けた。小さい時分に女記者になろうなどと人にも口外した覚えがあるくせに、探訪などに来る人たちの事を考えるといちばん賤《いや》しい種類の人間のように思わないではいられなかった。仙台《せんだい》で、新聞社の社長と親佐《おやさ》と葉子との間に起こった事として不倫な捏造《ねつぞう》記事(葉子はその記事のうち、母に関してはどのへんまでが捏造《ねつぞう》であるか知らなかった。少なくとも葉子に関しては捏造《ねつぞう》だった)が掲載されたばかりでなく、母のいわゆる寃罪《えんざい》は堂々と新聞紙上で雪《すす》がれたが、自分のはとうとうそのままになってしまった、あの苦い経験などがますます葉子の考えを頑《かたく》なにした。葉子が「報正新報」の記事を見た時も、それほど田川夫人が自分を迫害しようとするなら、こちらもどこかの新聞を手に入れて田川夫人に致命傷を与えてやろうかという(道徳を米の飯と同様に見て生きているような田川夫人に、その点に傷を与えて顔出しができないようにするのは容易な事だと葉子は思った)企《たくら》みを自分ひとりで考えた時でも、あの記者というものを手なずけるまでに自分を堕落させたくないばかりにその目論見《もくろみ》を思いとどまったほどだった。
その朝も倉地と葉子とは女将《おかみ》を話相手に朝飯を食いながら新聞に出たあの奇怪な記事の話をして、葉子がとうにそれをちゃん[#「ちゃん」に傍点]と知っていた事などを談《かた》り合いながら笑ったりした。
「忙しいにかまけて、あれはあのままにしておったが……一つはあまり短兵急にこっち[#「こっち」に傍点]から出しゃばると足もとを見やがるで、……あれはなんとかせんとめんどうだて」
と倉地はがらっ[#「がらっ」に傍点]と箸《はし》を膳《ぜん》に捨てながら、葉子から女将に目をやった。
「そうですともさ。下らない、あなた、あれであなたのお職掌《しょくしょう》にでもけち[#「けち」に傍点]が付いたらほんとうにばか
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