きのお金はお返しします。義理ずくで他人からしていただくんでは胸がつかえますから……」
 倉地の腕の所で葉子のすがり付いた手はぶるぶると震えた。傘からはしたたりがことさら繁《しげ》く落ちて、単衣《ひとえ》をぬけて葉子の肌《はだ》ににじみ通った。葉子は、熱病患者が冷たいものに触れた時のような不快な悪寒《おかん》を感じた。
 「お前の神経は全く少しどうかしとるぜ。おれの事を少しは思ってみてくれてもよかろうが……疑うにもひがむにもほどがあっていいはずだ。おれはこれまでにどんな不貞腐《ふてくさ》れをした。いえるならいってみろ」
 さすがに倉地も気にさえているらしく見えた。
 「いえないように上手《じょうず》に不貞腐《ふてくさ》れをなさるのじゃ、いおうったっていえやしませんわね。なぜあなたははっきり[#「はっきり」に傍点]葉子にはあきた、もう用がないとおいいになれないの。男らしくもない。さ、取ってくださいましこれを」
 葉子は紙幣の束をわなわなする手先で倉地の胸の所に押しつけた。
 「そしてちゃん[#「ちゃん」に傍点]と奥さんをお呼び戻《もど》しなさいまし。それで何もかも元通りになるんだから。はばかりながら……」
 「愛子は」と口もとまでいいかけて、葉子は恐ろしさに息気《いき》を引いてしまった。倉地の細君《さいくん》の事までいったのはその夜が始めてだった。これほど露骨《ろこつ》な嫉妬《しっと》の言葉は、男の心を葉子から遠ざからすばかりだと知り抜いて慎んでいたくせに、葉子はわれにもなく、がみ[#「がみ」に傍点]がみと妹の事までいってのけようとする自分にあきれてしまった。
 葉子がそこまで走り出て来たのは、別れる前にもう一度倉地の強い腕でその暖かく広い胸に抱かれたいためだったのだ。倉地に悪《あく》たれ口をきいた瞬間でも葉子の願いはそこにあった。それにもかかわらず口の上では全く反対に、倉地を自分からどんどん離れさすような事をいってのけているのだ。
 葉子の言葉が募るにつれて、倉地は人目をはばかるようにあたり[#「あたり」に傍点]を見回した。互い互いに殺し合いたいほどの執着を感じながら、それを言い現わす事も信ずる事もできず、要もない猜疑《さいぎ》と不満とにさえぎられて、見る見る路傍の人のように遠ざかって行かねばならぬ、――そのおそろしい運命を葉子はことさら痛切に感じた。倉地があたりを見
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