見てくださいこれを。この冬は米国にいるのだとばかり決めていたので、あんなものを作ってみたんですけれども、我慢にももう着ていられなくなりましたわ。後生《ごしょう》。あなたの所に何かふだん着《ぎ》のあいたのでもないでしょうか」
「どうしてあなた。わたしはこれでござんすもの」
と女将《おかみ》は剽軽《ひょうきん》にも気軽くちゃん[#「ちゃん」に傍点]と立ち上がって自分の背たけの低さを見せた。そうして立ったままでしばらく考えていたが、踊りで仕込み抜いたような手つきではた[#「はた」に傍点]と膝《ひざ》の上をたたいて、
「ようございます。わたし一つ倉地さんをびっくら[#「びっくら」に傍点]さして上げますわ。わたしの妹|分《ぶん》に当たるのに柄といい年格好といい、失礼ながらあなた様とそっくり[#「そっくり」に傍点]なのがいますから、それのを取り寄せてみましょう。あなた様は洗い髪でいらっしゃるなり……いかが、わたしがすっかり[#「すっかり」に傍点]仕立てて差し上げますわ」
この思い付きは葉子には強い誘惑だった。葉子は一も二もなく勇み立って承知した。
その晩十一時を過ぎたころに、まとめた荷物を人力車四台に積み乗せて、倉地が双鶴館《そうかくかん》に着いて来た。葉子は女将《おかみ》の入れ知恵でわざと玄関には出迎えなかった。葉子はいたずら者らしくひとり笑いをしながら立《た》て膝《ひざ》をしてみたが、それには自分ながら気がひけたので、右足を左の腿《もも》の上に積み乗せるようにしてその足先をとんび[#「とんび」に傍点]にしてすわってみた。ちょうどそこにかなり酔ったらしい様子で、倉地が女将《おかみ》の案内も待たずにずしん[#「ずしん」に傍点]ずしんという足どりではいって来た。葉子と顔を見合わした瞬間には部屋《へや》を間違えたと思ったらしく、少しあわてて身を引こうとしたが、すぐ櫛巻《くしま》きにして黒襟《くろえり》をかけたその女が葉子だったのに気が付くと、いつもの渋いように顔をくずして笑いながら、
「なんだばかをしくさって」
とほざくようにいって、長火鉢《ながひばち》の向かい座にどっか[#「どっか」に傍点]とあぐらをかいた。ついて来た女将《おかみ》は立ったまましばらく二人《ふたり》を見くらべていたが、
「ようよう……変てこなお内裏雛様《だいりびなさま》」
と陽気にかけ声をして笑
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