《ようぼう》でも服装でも自分らを蹴《け》落とそうとする葉子に対して溜飲《りゅういん》をおろそうとしているらしかった)少し色を失って、そっぽ[#「そっぽ」に傍点]を向こうとしたけれどももうおそかった。葉子は夫人の前に軽く頭を下げていた。夫人もやむを得ず挨拶《あいさつ》のまねをして、高飛車《たかびしゃ》に出るつもりらしく、
「あなたはどなた?」
いかにも横柄《おうへい》にさきがけて口をきった。
「早月葉《さつきよう》でございます」
葉子は対等の態度で悪《わる》びれもせずこう受けた。
「絵島丸ではいろいろお世話様になってありがとう存じました。あのう……報正新報も拝見させていただきました。(夫人の顔色が葉子の言葉一つごとに変わるのを葉子は珍しいものでも見るようにまじ[#「まじ」に傍点]まじとながめながら)たいそうおもしろうございました事。よくあんなにくわしく御通信になりましてねえ、お忙しくいらっしゃいましたろうに。……倉地さんもおりよくここに来合わせていらっしゃいますから……今ちょっと切符を買いに……お連れ申しましょうか」
田川夫人は見る見るまっさおになってしまっていた。折り返していうべき言葉に窮してしまって、拙《つたな》くも、
「わたしはこんな所であなたとお話しするのは存じがけません。御用でしたら宅へおいでを願いましょう」
といいつつ今にも倉地がそこに現われて来るかとひたすらそれを怖《おそ》れるふうだった。葉子はわざと夫人の言葉を取り違えたように、
「いゝえどういたしましてわたしこそ……ちょっとお待ちくださいすぐ倉地さんをお呼び申して参りますから」
そういってどんどん待合所を出てしまった。あとに残った田川夫人がその貴婦人たちの前でどんな顔をして当惑したか、それを葉子は目に見るように想像しながらいたずら者らしくほくそ笑《え》んだ。ちょうどそこに倉地が切符を買って来かかっていた。
一等の客室には他に二三人の客がいるばかりだった。田川夫人以下の人たちはだれかの見送りか出迎えにでも来たのだと見えて、汽車が出るまで影も見せなかった。葉子はさっそく倉地に事の始終を話して聞かせた。そして二人《ふたり》は思い存分胸をすかして笑った。
「田川の奥さんかわいそうにまだあすこで今にもあなたが来るかともじ[#「もじ」に傍点]もじしているでしょうよ、ほかの人たちの手前ああい
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