には同情してしまうもんだから……僕はあなたも自分の立場さえはっきり[#「はっきり」に傍点]いってくださればあなたの立場も理解ができると思うんだけれどもなあ。……僕はあまり直線的すぎるんでしょうか。僕は世の中を sun−clear に見たいと思いますよ。できないもんでしょうか」
葉子はなでるような好意のほほえみを見せた。
「あなたがわたしほんとうにうらやましゅうござんすわ。平和な家庭にお育ちになって素直《すなお》になんでも御覧になれるのはありがたい事なんですわ。そんな方《かた》ばかりが世の中にいらっしゃるとめんどうがなくなってそれはいいんですけれども、岡さんなんかはそれから見るとほんとうにお気の毒なんですの。わたしみたいなものをさえああしてたよりにしていらっしゃるのを見るといじらしくってきょうは倉地さんの見ている前でキスして上げっちまったの。……他人事《ひとごと》じゃありませんわね(葉子の顔はすぐ曇った)。あなたと同様はき[#「はき」に傍点]はきした事の好きなわたしがこんなに意地《いじ》をこじらしたり、人の気をかねたり、好んで誤解を買って出たりするようになってしまった、それを考えてごらんになってちょうだい。あなたには今はおわかりにならないかもしれませんけれども……それにしてももう五時。愛子に手料理を作らせておきましたから久しぶりで妹たちにも会ってやってくださいまし、ね、いいでしょう」
古藤は急に固くなった。
「僕《ぼく》は帰ります。僕は木村にはっきり[#「はっきり」に傍点]した報告もできないうちに、こちらで御飯をいただいたりするのはなんだか気がとがめます。葉子さん頼みます、木村を救ってください。そしてあなた自身を救ってください。僕はほんとうをいうと遠くに離れてあなたを見ているとどうしてもきらいになっちまうんですが、こうやってお話ししていると失礼な事をいったり自分で怒《おこ》ったりしながらも、あなたは自分でもあざむけないようなものを持っておられるのを感ずるように思うんです。境遇が悪いんだきっと。僕は一生が大事だと思いますよ。来世《らいせ》があろうが過去世《かこせ》があろうがこの一生が大事だと思いますよ。生きがいがあったと思うように生きて行きたいと思いますよ。ころんだって倒れたってそんな事を世間のようにかれこれくよくよせずに、ころんだら立って、倒れたら起き上がって
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