っかり[#「しっかり」に傍点]と取った。そして小さな声で、
 「よくいらしってね。その間着《あいぎ》のよくお似合いになる事。春らしいいい色地ですわ。今倉地と賭《か》けをしていた所。早くお上がり遊ばせ」
 葉子は倉地にしていたように岡のやさ肩に手を回してならびながら座敷にはいって来た。
 「やはりあなたの勝ちよ。あなたはあて[#「あて」に傍点]事がお上手《じょうず》だから岡さんを譲って上げたらうまくあたったわ。今|御褒美《ごほうび》を上げるからそこで見ていらっしゃいよ」
 そう倉地にいうかと思うと、いきなり岡を抱きすくめてその頬《ほお》に強い接吻《せっぷん》を与えた。岡は少女のように恥じらってしいて葉子から離れようともがいた。倉地は例の渋いように口もとをねじってほほえみながら、
 「ばか!……このごろこの女は少しどうかしとりますよ。岡さん、あなた一つ背中でもどやしてやってください。……まだ勉強か」
 といいながら葉子に天井を指さして見せた。葉子は岡に背中を向けて「さあどやしてちょうだい」といいながら、今度は天井を向いて、
 「愛さん、貞《さあ》ちゃん、岡さんがいらしってよ。お勉強が済んだら早くおりておいで」
 と澄んだ美しい声で蓮葉《はすは》に叫んだ。
 「そうお」
 という声がしてすぐ貞世が飛んでおりて来た。
 「貞《さあ》ちゃんは今勉強が済んだのか」
 と倉地が聞くと貞世は平気な顔で、
 「ええ今済んでよ」
 といった。そこにはすぐはなやかな笑いが破裂した。愛子はなかなか下に降りて来ようとはしなかった。それでも三人は親しくチャブ台を囲んで茶を飲んだ。その日岡は特別に何かいい出したそうにしている様子だったが。やがて、
 「きょうはわたし少しお願いがあるんですが皆様きいてくださるでしょうか」
 重苦しくいい出した。
 「えゝえゝあなたのおっしゃる事ならなんでも……ねえ貞《さあ》ちゃん(とここまでは冗談らしくいったが急にまじめになって)……なんでもおっしゃってくださいましな、そんな他人行儀をしてくださると変ですわ」
 と葉子がいった。
 「倉地さんもいてくださるのでかえっていいよいと思いますが古藤《ことう》さんをここにお連れしちゃいけないでしょうか。……木村さんから古藤さんの事は前から伺っていたんですが、わたしは初めてのお方にお会いするのがなんだか億劫《おっくう》な質《
前へ 次へ
全233ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング