り返し繰り返しいいます。たといあなたにどんな過失どんな誤謬《ごびゅう》があろうとも、それを耐え忍び、それを許す事においては主キリスト以上の忍耐力を持っているのを僕は自ら信じています。誤解しては困ります。僕がいかなる人に対してもかかる力を持っているというのではないのです。ただあなたに対してです。あなたはいつでも僕の品性を尊《とうと》く導いてくれます。僕はあなたによって人がどれほど愛しうるかを学びました。あなたによって世間でいう堕落とか罪悪とかいう者がどれほどまで寛容の余裕があるかを学びました。そうしてその寛容によって、寛容する人自身がどれほど品性を陶冶《とうや》されるかを学びました。僕はまた自分の愛を成就するためにはどれほどの勇者になりうるかを学びました。これほどまでに僕を神の目に高めてくださったあなたが、僕から万一にも失われるというのは想像ができません。神がそんな試練を人の子に下される残虐はなさらないのを僕は信じています。そんな試練に堪《た》えるのは人力以上ですから。今の僕からあなたが奪われるというのは神が奪われるのと同じ事です。あなたは神だとはいいますまい。しかしあなたを通してのみ僕は神を拝む事ができるのです。
時々僕は自分で自分をあわれんでしまう事があります。自分自身だけの力と信仰とですべてのものを見る事ができたらどれほど幸福で自由だろうと考えると、あなたをわずらわさなければ一歩を踏み出す力をも感じ得ない自分の束縛を呪《のろ》いたくもなります。同時にそれほど慕わしい束縛は他にない事を知るのです。束縛のない所に自由はないといった意味であなたの束縛は僕の自由です。
あなたは――いったん僕に手を与えてくださると約束なさったあなたは、ついに僕を見捨てようとしておられるのですか。どうして一回の音信も恵んではくださらないのです。しかし僕は信じて疑いません。世にもし真理があるならば、そして真理が最後の勝利者ならばあなたは必ず僕に還《かえ》ってくださるに違いないと。なぜなれば、僕は誓います。――主《しゅ》よこの僕《しもべ》を見守りたまえ――僕はあなたを愛して以来断じて他の異性に心を動かさなかった事を。この誠意があなたによって認められないわけはないと思います。
あなたは従来暗いいくつかの過去を持っています。それが知らず知らずあなたの向上心を躊躇《ちゅうちょ》させ、あなたをや
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