やや傾きかかったころ、大塚窪町《おおつかくぼまち》に住む内田《うちだ》という母の友人を訪れた。内田は熱心なキリスト教の伝道者として、憎む人からは蛇蝎《だかつ》のように憎まれるし、好きな人からは予言者のように崇拝されている天才|肌《はだ》の人だった。葉子は五つ六つのころ、母に連れられて、よくその家に出入りしたが、人を恐れずにぐん[#「ぐん」に傍点]ぐん思った事をかわいらしい口もとからいい出す葉子の様子が、始終人から距《へだ》てをおかれつけた内田を喜ばしたので、葉子が来ると内田は、何か心のこだわった時でもきげんを直して、窄《せま》った眉根《まゆね》を少しは開きながら、「また子猿《こざる》が来たな」といって、そのつやつやしたおかっぱ[#「おかっぱ」に傍点]をなで回したりなぞした。そのうち母がキリスト教婦人同盟の事業に関係して、たちまちのうちにその牛耳《ぎゅうじ》を握り、外国宣教師だとか、貴婦人だとかを引き入れて、政略がましく事業の拡張に奔走するようになると、内田はすぐきげんを損じて、早月親佐《さつきおやさ》を責めて、キリストの精神を無視した俗悪な態度だといきまいたが、親佐がいっこうに取り合う
前へ
次へ
全339ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング