鈴《すず》のように大きく張って、親しい媚《こ》びの色を浮かべながら、黙ったままで軽くうなずこうと、少し肩と顔とをそっちにひねって、心持ち上向《うわむ》きかげんになった時、稲妻のように彼女の心に響いたのは、男がその好意に応じてほほえみかわす様子のないという事だった。実際男の一文字眉《いちもんじまゆ》は深くひそんで、その両眼はひときわ鋭さを増して見えた。それを見て取ると葉子の心の中はかっ[#「かっ」に傍点]となったが、笑《え》みかまけたひとみはそのままで、するすると男の顔を通り越して、左側の古藤の血気《けっき》のいい頬《ほお》のあたりに落ちた。古藤は繰り戸のガラス越しに、切り割りの崕《がけ》をながめてつくねん[#「つくねん」に傍点]としていた。
 「また何か考えていらっしゃるのね」
 葉子はやせた木部《きべ》にこれ見よがしという物腰ではなやかにいった。
 古藤はあまりはずんだ葉子の声にひかされて、まんじり[#「まんじり」に傍点]とその顔を見守った。その青年の単純な明《あか》らさまな心に、自分の笑顔《えがお》の奥の苦い渋い色が見抜かれはしないかと、葉子は思わずたじろ[#「たじろ」に傍点]いだ
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