端が指輪の二つはまった大理石のような葉子の手にもてあそばれていた。
「お遅《おそ》うござんした事。お待たされなすったんでしょう。……さ、おはいりなさいまし。そんなもの足ででもどけてちょうだい、散らかしちまって」
この音楽のようなすべすべした調子の声を聞くと、古藤は始めて illusion から目ざめたふうではいって来た。葉子は左手を二の腕がのぞき出るまでずっ[#「ずっ」に傍点]と延ばして、そこにあるものを一払《ひとはら》いに払いのけると、花壇の土を掘り起こしたようにきたない畳が半畳ばかり現われ出た。古藤は自分の帽子を部屋のすみにぶちなげて置いて、払い残された細形《ほそがた》の金鎖を片づけると、どっか[#「どっか」に傍点]とあぐらをかいて正面から葉子を見すえながら、
「行って来ました。船の切符もたしかに受け取って来ました」
といってふところの中を探りにかかった。葉子はちょっと改まって、
「ほんとにありがとうございました」
と頭を下げたが、たちまち roughish な目つきをして、
「まあそんな事はいずれあとで、ね、……何しろお寒かったでしょう、さ」
といいながら飲み残り
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