れにもかかわらず親佐の客間に吸い寄せられる若い人々の多数は葉子に吸い寄せられているのだった。葉子の控え目なしおらしい様子がいやが上にも人のうわさを引く種《たね》となって、葉子という名は、多才で、情緒の細《こま》やかな、美しい薄命児をだれにでも思い起こさせた。彼女の立ちすぐれた眉目形《みめかたち》は花柳《かりゅう》の人たちさえうらやましがらせた。そしていろいろな風聞が、清教徒風に質素な早月の佗住居《わびずまい》の周囲を霞《かすみ》のように取り巻き始めた。
突然小さな仙台市は雷にでも打たれたようにある朝の新聞記事に注意を向けた。それはその新聞の商売がたきである或《あ》る新聞の社主であり主筆である某が、親佐と葉子との二人《ふたり》に同時に慇懃《いんぎん》を通じているという、全紙にわたった不倫きわまる記事だった。だれも意外なような顔をしながら心の中ではそれを信じようとした。
この日髪の毛の濃い、口の大きい、色白な一人《ひとり》の青年を乗せた人力車《じんりきしゃ》が、仙台の町中を忙《せわ》しく駆け回ったのを注意した人はおそらくなかったろうが、その青年は名を木村《きむら》といって、日ごろから快
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