ごしにかかって、時々鏡に映る自分の顔を見やりながら、こらえきれないようにぬすみ笑いをした。
一七
事務長のさしがね[#「さしがね」に傍点]はうまい坪《つぼ》にはまった。検疫官は絵島丸の検疫事務をすっかり[#「すっかり」に傍点]年とった次位の医官に任せてしまって、自分は船長室で船長、事務長、葉子を相手に、話に花を咲かせながらトランプをいじり通した。あたりまえならば、なんとかかとか必ず苦情の持ち上がるべき英国風の小やかましい検疫もあっさり[#「あっさり」に傍点]済んで放蕩者《ほうとうもの》らしい血気盛りな検疫官は、船に来てから二時間そこそこできげんよく帰って行く事になった。
停《と》まるともなく進行を止めていた絵島丸は風のまにまに少しずつ方向を変えながら、二人《ふたり》の医官を乗せて行くモーター・ボートが舷側《げんそく》を離れるのを待っていた。折り目正しい長めな紺の背広を着た検疫官はボートの舵座《かじざ》に立ち上がって、手欄《てすり》から葉子と一緒に胸から上を乗り出した船長となお戯談《じょうだん》を取りかわした。船梯子《ふなばしご》の下まで医官を見送った事務長は、物慣れた様
前へ
次へ
全339ページ中237ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング