のように音楽的な所は少しもなく、ただ物狂おしい騒音となって船に迫っていた。しかし葉子は今の境界がほんとうに現実の境界なのか、さっき不思議な音楽的の錯覚にひたっていた境界が夢幻の中の境界なのか、自分ながら少しも見さかいがつかないくらいぼんやりしていた。そしてあの荒唐《こうとう》な奇怪な心の adventure をかえってまざまざとした現実の出来事でもあるかのように思いなして、目の前に見る酒に赤らんだ事務長の顔は妙に蠱惑的《こわくてき》な気味の悪い幻像となって、葉子を脅かそうとした。
 「少し飲み過ぎたところにためといた仕事を詰めてやったんで眠れん。で散歩のつもりで甲板《かんぱん》の見回りに出ると岡さん」
 といいながらもう一度後ろに振り返って、
 「この岡さんがこの寒いに手欄《てすり》からからだを乗り出してぽかん[#「ぽかん」に傍点]と海を見とるんです。取り押えてケビンに連れて行こうと思うとると、今度はあなたに出っくわす。物好きもあったもんですねえ。海をながめて何がおもしろいかな。お寒かありませんか、ショールなんぞも落ちてしまった」
 どこの国なまりともわからぬ一種の調子が塩さびた声であ
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