笑い声がまた聞こえて来た。そして医務室の戸をさっ[#「さっ」に傍点]とあけたらしく、声が急に一倍大きくなって、
 「Devil take it! No tame creature then,eh?」と乱暴にいう声が聞こえたが、それとともにマッチをする音がして、やがて葉巻《はまき》をくわえたままの口ごもりのする言葉で、
 「もうじき検疫《けんえき》船だ。準備はいいだろうな」
 といい残したまま事務長は船医の返事も待たずに行ってしまったらしかった。かすかなにおいが葉子の部屋にも通《かよ》って来た。
 葉子は聞き耳をたてながらうなだれていた顔を上げると、正面をきって何という事なしに微笑をもらした。そしてすぐぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としてあたりを見回したが、われに返って自分|一人《ひとり》きりなのに安堵《あんど》して、いそいそと着物を着かえ始めた。

    一一

 絵島丸が横浜を抜錨《ばつびょう》してからもう三日《みっか》たった。東京湾を出抜けると、黒潮に乗って、金華山《きんかざん》沖あたりからは航路を東北に向けて、まっしぐらに緯度を上《のぼ》って行くので、気温は二日《ふつか》目あたり
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