手欄《てすり》によりかかって、静かな春雨《はるさめ》のように降っている雨のしずくに顔をなぶらせながら、波止場《はとば》のほうをながめていたが、けれどもそのひとみにはなんにも映ってはいなかった。その代わり目と脳との間と覚《おぼ》しいあたりを、親しい人や疎《うと》い人が、何かわけもなくせわしそうに現われ出て、銘々いちばん深い印象を与えるような動作をしては消えて行った。葉子の知覚は半分眠ったようにぼんやりして注意するともなくその姿に注意をしていた。そしてこの半睡の状態が破れでもしたらたいへんな事になると、心のどこかのすみでは考えていた。そのくせ、それを物々しく恐れるでもなかった。からだまでが感覚的にしびれるような物うさを覚えた。
若者が現われた。(どうしてあの男はそれほどの因縁《いんねん》もないのに執念《しゅうね》く付きまつわるのだろうと葉子は他人事《ひとごと》のように思った)その乱れた美しい髪の毛が、夕日とかがやくまぶしい光の中で、ブロンドのようにきらめいた。かみしめたその左の腕から血がぽた[#「ぽた」に傍点]ぽたとしたたっていた。そのしたたりが腕から離れて宙に飛ぶごとに、虹色《にじいろ
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