こうごう》などという葉子の敵を木村の一身におっかぶせて、それに女の心が企《たくら》み出す残虐な仕打ちのあらん限りをそそぎかけようとするのであった。
「あなたは丑《うし》の刻《こく》参りの藁《わら》人形よ」
こんな事をどうかした拍子《ひょうし》に面と向かって木村にいって、木村が怪訝《けげん》な顔でその意味をくみかねているのを見ると、葉子は自分にもわけのわからない涙を目にいっぱいためながらヒステリカルに笑い出すような事もあった。
木村を払い捨てる事によって、蛇《へび》が殻《から》を抜け出ると同じに、自分のすべての過去を葬ってしまうことができるようにも思いなしてみた。
葉子はまた事務長に、どれほど木村が自分の思うままになっているかを見せつけようとする誘惑も感じていた。事務長の目の前ではずいぶん乱暴な事を木村にいったりさせたりした。時には事務長のほうが見兼ねて二人《ふたり》の間をなだめにかかる事さえあるくらいだった。
ある時木村の来ている葉子の部屋に事務長が来合わせた事があった。葉子は枕《まくら》もとの椅子《いす》に木村を腰かけさせて、東京を発《た》った時の様子をくわしく話して聞かせている所だったが、事務長を見るといきなり[#「いきなり」に傍点]様子をかえて、さもさも木村を疎《うと》んじたふうで、
「あなたは向こうにいらしってちょうだい」
と木村を向こうのソファに行くように目でさしずして、事務長をその跡《あと》にすわらせた。
「さ、あなたこちらへ」
といって仰向けに寝たまま上目をつかって見やりながら、
「いいお天気のようですことね。……あの時々ごーっ[#「ごーっ」に傍点]と雷のような音のするのは何?……わたしうるさい」
「トロですよ」
「そう……お客様がたんとおありですってね」
「さあ少しは知っとるものがあるもんだで」
「ゆうベもその美しいお客がいらしったの? とうとうお話にお見えにならなかったのね」
木村を前に置きながら、この無謀とさえ見える言葉を遠慮|会釈《えしゃく》もなくいい出すのには、さすがの事務長もぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としたらしく、返事もろくろくしないで木村のほうに向いて、
「どうですマッキンレーは。驚いた事が持ち上がりおったもんですね」
と話題を転じようとした。この船の航海中シヤトルに近くなったある日、当時の大統領マッキンレーは凶徒の短銃に斃《たお》れたので、この事件は米国でのうわさの中心になっているのだった。木村はその当時の模様をくわしく新聞紙や人のうわさで知り合わせていたので、乗り気になってその話に身を入れようとするのを、葉子はにべもなくさえぎって、
「なんですねあなたは、貴夫人の話の腰を折ったりして、そんなごまかし[#「ごまかし」に傍点]くらいではだまされてはいませんよ。倉地さん、どんな美しい方《かた》です。アメリカ生粋《きっすい》の人ってどんななんでしょうね。わたし、見たい。あわしてくださいましな今度来たら。ここに連れて来てくださるんですよ。ほかのものなんぞなんにも見たくはないけれど、こればかりはぜひ見とうござんすわ。そこに行くとね、木村なんぞはそりゃあやぼなもんですことよ」
といって、木村のいるほうをはるかに下目で見やりながら、
「木村さんどう? こっちにいらしってからちっと[#「ちっと」に傍点]は女のお友だちがおできになって? Lady Friend というのが?」
「それができんでたまるか」
と事務長は木村の内行《ないこう》を見抜いて裏書きするように大きな声でいった。
「ところができていたらお慰み、そうでしょう? 倉地さんまあこうなの。木村がわたしをもらいに来た時にはね。石のように堅くすわりこんでしまって、まるで命の取りやりでもしかねない談判のしかたですのよ。そのころ母は大病で臥《ふ》せっていましたの。なんとか母におっしゃってね、母に。わたし、忘れちゃならない言葉がありましたわ。えゝと……そうそう(木村の口調を上手《じょうず》にまねながら)『わたし、もしほかの人に心を動かすような事がありましたら神様の前に罪人です』ですって……そういう調子ですもの」
木村は少し怒気をほのめかす顔つきをして、遠くから葉子を見つめたまま口もきかないでいた。事務長はからからと笑いながら、
「それじゃ木村さん今ごろは神様の前にいいくらかげん罪人になっとるでしょう」
と木村を見返したので、木村もやむなく苦《にが》りきった笑いを浮かべながら、
「おのれをもって人を計る筆法ですね」
と答えはしたが、葉子の言葉を皮肉と解して、人前でたしなめるにしてはやや軽すぎるし、冗談と見て笑ってしまうにしては確かに強すぎるので、木村の顔色は妙にぎこち[#「ぎこち」に傍点]なくこだわ[#「こだわ
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