寄せながら、手紙に読みふける木村の表情には、時々苦痛や疑惑やの色が往《い》ったり来たりした。読み終わってからほっ[#「ほっ」に傍点]としたため息とともに木村は手紙を葉子に渡して、
「こんな事をいってよこしているんです。あなたに見せても構わないとあるから御覧なさい」
といった。葉子はべつに読みたくもなかったが、多少の好奇心も手伝うのでとにかく目を通して見た。
[#ここより引用文、本文より一字下げ]
「僕は今度ぐらい不思議な経験をなめた事はない。兄《けい》が去って後の葉子さんの一身に関して、責任を持つ事なんか、僕はしたいと思ってもできはしないが、もし明白にいわせてくれるなら、兄はまだ葉子さんの心を全然占領したものとは思われない」
「僕は女の心には全く触れた事がないといっていいほどの人間だが、もし僕の事実だと思う事が不幸にして事実だとすると、葉子さんの恋には――もしそんなのが恋といえるなら――だいぶ余裕があると思うね」
「これが女の tact というものかと思ったような事があった。しかし僕にはわからん」
「僕は若い女の前に行くと変にどぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]してしまってろくろく物もいえなくなる。ところが葉子さんの前では全く異《ちが》った感じで物がいえる。これは考えものだ」
「葉子さんという人は兄がいうとおりに優《すぐ》れた天賦《てんぷ》を持った人のようにも実際思える。しかしあの人はどこか片輪《かたわ》じゃないかい」
「明白にいうと僕はああいう人はいちばんきらいだけれども、同時にまたいちばんひきつけられる、僕はこの矛盾を解きほごしてみたくってたまらない。僕の単純を許してくれたまえ。葉子さんは今までのどこかで道を間違えたのじゃないかしらん。けれどもそれにしてはあまり平気だね」
「神は悪魔に何一つ与えなかったが Attraction だけは与えたのだ。こんな事も思う。……葉子さんの Attraction はどこから来るんだろう。失敬失敬。僕は乱暴をいいすぎてるようだ」
「時々は憎むべき人間だと思うが、時々はなんだかかわいそうでたまらなくなる時がある。葉子さんがここを読んだら、おそらく唾《つば》でも吐きかけたくなるだろう。あの人はかわいそうな人のくせに、かわいそうがられるのがきらいらしいから」
「僕には結局葉子さんが何がなんだかちっとも[#「ちっとも」に傍点]わからない。僕は兄が彼女を選んだ自信に驚く。しかしこうなった以上は、兄は全力を尽くして彼女を理解してやらなければいけないと思う。どうか兄らの生活が最後の栄冠に至らん事を神に祈る」
[#引用文ここまで]
こんな文句が断片的に葉子の心にしみて行った。葉子は激しい侮蔑《ぶべつ》を小鼻に見せて、手紙を木村に戻《もど》した。木村の顔にはその手紙を読み終えた葉子の心の中を見とおそうとあせるような表情が現われていた。
「こんな事を書かれてあなたどう思います」
葉子は事もなげにせせら笑った。
「どうも思いはしませんわ。でも古藤さんも手紙の上では一枚がた男を上げていますわね」
木村の意気込みはしかしそんな事ではごまかされそうにはなかったので、葉子はめんどうくさくなって少し険しい顔になった。
「古藤さんのおっしゃる事は古藤さんのおっしゃる事。あなたはわたしと約束なさった時からわたしを信じわたしを理解してくださっていらっしゃるんでしょうね」
木村は恐ろしい力をこめて、
「それはそうですとも」
と答えた。
「そんならそれで何もいう事はないじゃありませんか。古藤さんなどのいう事――古藤さんなんぞにわかられたら人間も末ですわ――でもあなたはやっぱり[#「やっぱり」に傍点]どこかわたしを疑っていらっしゃるのね」
「そうじゃない……」
「そうじゃない事があるもんですか。わたしは一たんこうと決めたらどこまでもそれで通すのが好き。それは生きてる人間ですもの、こっちのすみあっちのすみと小さな事を捕えてとがめだてを始めたら際限はありませんさ。そんなばかな事ったらありませんわ。わたしみたいな気随《きずい》なわがまま者はそんなふうにされたら窮屈で窮屈で死んでしまうでしょうよ。わたしがこんなになったのも、つまり、みんなで寄ってたかってわたしを疑い抜いたからです。あなただってやっぱり[#「やっぱり」に傍点]その一人《ひとり》かと思うと心細いもんですのね」
木村の目は輝いた。
「葉子さん、それは疑い過ぎというもんです」
そして自分が米国に来てからなめ尽くした奮闘生活もつまりは葉子というものがあればこそできたので、もし葉子がそれに同情と鼓舞とを与えてくれなかったら、その瞬間に精も根も枯れ果ててしまうに違いないという事を繰り返し繰り返し熱心に説いた。葉子はよそよそしく聞いていたが、
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