と思った。そしてキリスト教婦人同盟の会長をしている五十川《いそがわ》女史に後事を託して死んだ。この五十川女史のまあまあというような不思議なあいまいな切り盛りで、木村は、どこか不確実ではあるが、ともかく葉子を妻としうる保障を握ったのだった。

    五

 郵船会社の永田は夕方でなければ会社から退《ひ》けまいというので、葉子は宿屋に西洋物店のものを呼んで、必要な買い物をする事になった。古藤はそんならそこらをほッつき[#「ほッつき」に傍点]歩いて来るといって、例の麦稈《むぎわら》帽子を帽子掛けから取って立ち上がった。葉子は思い出したように肩越しに振り返って、
 「あなたさっきパラソルは骨が五本のがいいとおっしゃってね」
 といった。古藤は冷淡な調子で、
 「そういったようでしたね」
 と答えながら、何か他の事でも考えているらしかった。
 「まあそんなにとぼけて……なぜ五本のがお好き?」
 「僕が好きというんじゃないけれども、あなたはなんでも人と違ったものが好きなんだと思ったんですよ」
 「どこまでも人をおからかいなさる……ひどい事……行っていらっしゃいまし」
 と情を迎えるようにいって向き直ってしまった。古藤が縁側に出るとまた突然呼びとめた。障子《しょうじ》にはっきり[#「はっきり」に傍点]立ち姿をうつしたまま、
 「なんです」
 といって古藤は立ち戻《もど》る様子がなかった。葉子はいたずら者らしい笑いを口のあたりに浮かべていた。
 「あなたは木村と学校が同じでいらしったのね」
 「そうですよ、級は木村の……木村君のほうが二つも上でしたがね」
 「あなたはあの人をどうお思いになって」
 まるで少女のような無邪気な調子だった。古藤はほほえんだらしい語気で、
 「そんな事はもうあなたのほうがくわしいはずじゃありませんか……心《しん》のいい活動家ですよ」
 「あなたは?」
 葉子はぽん[#「ぽん」に傍点]と高飛車《たかびしゃ》に出た。そしてにやり[#「にやり」に傍点]としながらがっくり[#「がっくり」に傍点]と顔を上向きにはねて、床の間の一蝶《いっちょう》のひどい偽《まが》い物《もの》を見やっていた。古藤がとっさの返事に窮して、少しむっ[#「むっ」に傍点]とした様子で答え渋っているのを見て取ると、葉子は今度は声の調子を落として、いかにもたよりないというふうに、
 「日盛りは
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