ながら、船がシヤトルの波止場《はとば》に着く時のありさまを想像してみた。しておかなければならない事が数かぎりなくあるらしかったけれども、何をしておくという事もなかった。ただなんでもいいせっせ[#「せっせ」に傍点]と手当たり次第したくをしておかなければ、それだけの心尽くしを見せて置かなければ、目論見《もくろみ》どおり首尾が運ばないように思ったので、一ぺん横になったものをまたむくむくと起き上がった。
 まずきのう着た派手《はで》な衣類がそのまま散らかっているのを畳んでトランクの中にしまいこんだ。臥《ね》る時まで着ていた着物は、わざとはなやかな長襦袢《ながじゅばん》や裏地が見えるように衣紋竹《えもんだけ》に通して壁にかけた。事務長の置き忘れて行ったパイプや帳簿のようなものは丁寧に抽《ひ》き出《だ》しに隠した。古藤《ことう》が木村と自分とにあてて書いた二通の手紙を取り出して、古藤がしておいたように、枕《まくら》の下に差しこんだ。鏡の前には二人《ふたり》の妹と木村との写真を飾った。それから大事な事を忘れていたのに気がついて、廊下越しに興録を呼び出して薬びんや病床日記を調《ととの》えるように頼んだ。興録の持って来た薬びんから薬を半分がた痰壺《たんつぼ》に捨てた。日本から木村に持って行くように託された品々をトランクから取り分けた。その中からは故郷を思い出させるようないろいろな物が出て来た。香《にお》いまでが日本というものをほのかに心に触れさせた。
 葉子は忙《せわ》しく働かしていた手を休めて、部屋《へや》のまん中に立ってあたりを見回して見た。しぼんだ花束が取りのけられてなくなっているばかりで、あとは横浜を出た時のとおりの部屋の姿になっていた。旧《ふる》い記憶が香《こう》のようにしみこんだそれらの物を見ると、葉子の心はわれにもなくふとぐらつきかけたが、涙もさそわずに淡く消えて行った。
 フォクスルで起重機の音がかすかに響いて来るだけで、葉子の部屋は妙に静かだった。葉子の心は風のない池か沼の面のようにただどんよりとよどんでいた。からだはなんのわけもなくだるく物懶《ものう》かった。
 食堂の時計が引きしまった音で三時を打った。それを相図のように汽笛がすさまじく鳴り響いた。港にはいった相図をしているのだなと思った。と思うと今まで鈍く脈打つように見えていた胸が急に激しく騒ぎ動き出した。それ
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