の一団を犬儒派《けんじゅは》と呼びなした。彼らがどんな種類の人でどんな職業に従事しているかを知る者はなかった。岡などは本能的にその人たちを忌《い》みきらっていた。葉子も何かしら気のおける連中だと思った。そして表面はいっこう無頓着《むとんじゃく》に見えながら、自分に対して充分の観察と注意とを怠っていないのを感じていた。
 どうしてもしかし葉子には、船にいるすべての人の中で事務長がいちばん気になった。そんなはず、理由のあるはずはないと自分をたしなめてみてもなんのかいもなかった。サルンで子供たちと戯れている時でも、葉子は自分のして見せる蠱惑的《こわくてき》な姿態《しな》がいつでも暗々裡《あんあんり》に事務長のためにされているのを意識しないわけには行かなかった。事務長がその場にいない時は、子供たちをあやし楽しませる熱意さえ薄らぐのを覚えた。そんな時に小さい人たちはきまってつまらなそうな顔をしたりあくびをしたりした。葉子はそうした様子を見るとさらに興味を失った。そしてそのまま立って自分の部屋《へや》に帰ってしまうような事をした。それにも係わらず事務長はかつて葉子に特別な注意を払うような事はないらしく見えた。それが葉子をますます不快にした。夜など甲板《かんぱん》の上をそぞろ歩きしている葉子が、田川|博士《はかせ》の部屋の中から例の無遠慮な事務長の高笑いの声をもれ聞いたりなぞすると、思わずかっ[#「かっ」に傍点]となって、鉄の壁すら射通しそうな鋭いひとみを声のするほうに送らずにはいられなかった。
 ある日の午後、それは雲行きの荒い寒い日だった。船客たちは船の動揺に辟易《へきえき》して自分の船室に閉じこもるのが多かったので、サルンががら明きになっているのを幸い、葉子は岡を誘い出して、部屋のかどになった所に折れ曲がって据《す》えてあるモロッコ皮のディワンに膝《ひざ》と膝を触れ合わさんばかり寄り添って腰をかけて、トランプをいじって遊んだ。岡は日ごろそういう遊戯には少しも興味を持っていなかったが、葉子と二人《ふたり》きりでいられるのを非常に幸福に思うらしく、いつになく快活に札をひねくった。その細いしなやかな手からぶきっちょう[#「ぶきっちょう」に傍点]に札が捨てられたり取られたりするのを葉子はおもしろいものに見やりながら、断続的に言葉を取りかわした。
 「あなたもシカゴにいらっしゃるとお
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