ょちゅうべや》に運ばれたまま、祖母の膝《ひざ》には一度も乗らなかった。意地《いじ》の弱い葉子の父だけは孫のかわいさからそっと赤ん坊を葉子の乳母《うば》の家に引き取るようにしてやった。そしてそのみじめな赤ん坊は乳母の手一つに育てられて定子《さだこ》という六歳の童女になった。
 その後葉子の父は死んだ。母も死んだ。木部は葉子と別れてから、狂瀾《きょうらん》のような生活に身を任せた。衆議院議員の候補に立ってもみたり、純文学に指を染めてもみたり、旅僧のような放浪生活も送ったり、妻を持ち子を成し、酒にふけり、雑誌の発行も企てた。そしてそのすべてに一々不満を感ずるばかりだった。そして葉子が久しぶりで汽車の中で出あった今は、妻子を里に返してしまって、ある由緒《ゆいしょ》ある堂上華族《どうじょうかぞく》の寄食者となって、これといってする仕事もなく、胸の中だけにはいろいろな空想を浮かべたり消したりして、とかく回想にふけりやすい日送りをしている時だった。

    三
    
 その木部の目は執念《しゅうね》くもつきまつわった。しかし葉子はそっちを見向こうともしなかった。そして二等の切符でもかまわないからなぜ一等に乗らなかったのだろう。こういう事がきっとあると思ったからこそ、乗り込む時もそういおうとしたのだのに、気がきかないっちゃないと思うと、近ごろになく起きぬけからさえざえしていた気分が、沈みかけた秋の日のように陰ったりめいったりし出して、冷たい血がポンプにでもかけられたように脳のすきまというすきまをかたく閉ざした。たまらなくなって向かいの窓から景色でも見ようとすると、そこにはシェードがおろしてあって、例の四十三四の男が厚い口びるをゆるくあけたままで、ばかな顔をしながらまじまじと葉子を見やっていた。葉子はむっ[#「むっ」に傍点]としてその男の額《ひたい》から鼻にかけたあたりを、遠慮もなく発矢《はっし》と目でむちうった。商人は、ほんとうにむちうたれた人が泣き出す前にするように、笑うような、はにかんだような、不思議な顔のゆがめかたをして、さすがに顔をそむけてしまった。その意気地《いくじ》のない様子がまた葉子の心をいらいらさせた。右に目を移せば三四人先に木部がいた。その鋭い小さな目は依然として葉子を見守っていた。葉子は震えを覚えるばかりに激昂《げきこう》した神経を両手に集めて、その両手を
前へ 次へ
全170ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング