れほどな席にさえかつて臨んだ習慣のないらしいその人の素性《すじょう》がそのあわてかたに充分に見えすいていた。博士は見下したような態度で暫時その青年のどぎまぎした様子を見ていたが、返事を待ちかねて、事務長のほうを向こうとした時、突然はるか遠い食卓の一端から、船長が顔をまっ赤《か》にして、
 「You mean Teddy the roughrider?」
 といいながら子供のような笑顔《えがお》を人々に見せた。船長の日本語の理解力をそれほどに思い設けていなかったらしい博士は、この不意打ちに今度は自分がまごついて、ちょっと返事をしかねていると、田川夫人がさそく[#「さそく」に傍点]にそれを引き取って、
 「Good hit for you,Mr. Captain !」
 と癖のない発音でいってのけた。これを聞いた一座は、ことに外国人たちは、椅子《いす》から乗り出すようにして夫人を見た。夫人はその時|人《ひと》の目にはつきかねるほどの敏捷《すばしこ》さで葉子のほうをうかがった。葉子は眉《まゆ》一つ動かさずに、下を向いたままでスープをすすっていた。
 慎み深く大さじを持ちあつかいながら、葉子は自分に何かきわ立った印象を与えようとして、いろいろなまねを競い合っているような人々のさまを心の中で笑っていた。実際葉子が姿を見せてから、食堂の空気は調子を変えていた。ことに若い人たちの間には一種の重苦しい波動が伝わったらしく、物をいう時、彼らは知らず知らず激昂《げきこう》したような高い調子になっていた。ことにいちばん年若く見える一人《ひとり》の上品な青年――船長の隣座にいるので葉子は家柄《いえがら》の高い生まれに違いないと思った――などは、葉子と一目顔を見合わしたが最後、震えんばかりに興奮して、顔を得《え》上げないでいた。それだのに事務長だけは、いっこう動かされた様子が見えぬばかりか、どうかした拍子《ひょうし》に顔を合わせた時でも、その臆面《おくめん》のない、人を人とも思わぬような熟視は、かえって葉子の視線をたじろがした。人間をながめあきたような気倦《けだ》るげなその目は、濃いまつ毛の間から insolent な光を放って人を射た。葉子はこうして思わずひとみをたじろがすたびごとに事務長に対して不思議な憎しみを覚えるとともに、もう一度その憎むべき目を見すえてその中に潜む不思議を存分に見窮
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