でいたアグネス。……そのアグネスの睫毛《まつげ》はいつでも涙で洗ったように美しかった。殊に色白なその頬は寝入ってから健康そうに上気して、その間に形よく盛り上った小鼻は穏やかな呼吸と共に微細に震えていた。「クララの光の髪、アグネスの光の眼」といわれた、無類な潤みを持った童女にしてはどこか哀れな、大きなその眼は見る事が出来なかった。クララは、見つめるほど、骨肉のいとしさがこみ上げて来て、そっと掌《てのひら》で髪から頬を撫《な》でさすった。その手に感ずる暖いなめらかな触感はクララの愛欲を火のようにした。クララは抱きしめて思い存分いとしがってやりたくなって半身を起して乗しかかった。同時にその場合の大事がクララを思いとどまらした。クララは肱《ひじ》をついて半分身を起したままで、アグネスを見やりながらほろほろと泣いた。死んだ一人児《ひとりご》を母が撫でさすりながら泣くように。
 弾条《ぜんまい》のきしむ音と共に時計が鳴り出した。クララは数を数えないでも丁度|夜半《よなか》である事を知っていた。そして涙を拭いもあえず、静かに床からすべり出た。打合せておいた時刻が来たのだ。安息日が過ぎて神聖月曜日が来
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