という手筈《てはず》をフランシスから知らされていた僧正は、クララによそながら告別を与えるためにこの破格な処置をしたのだと気が付くと、クララはまた更らに涙のわき返るのをとどめ得なかった。クララの父母は僧正の言葉をフォルテブラッチョ家との縁談と取ったのだろう、笑《え》みかまけながら挨拶の辞儀をした。
やがて百人の処女の喉《のど》から華々しい頌歌が起った。シオンの山の凱歌《がいか》を千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内を震動さして響《ひび》き亘《わた》った。会衆は蠱惑《こわく》されて聞《き》き惚《ほ》れていた。底の底から清められ深められたクララの心は、露ばかりの愛のあらわれにも嵐のように感動した。花の間に顔を伏せて彼女は少女の歌声に揺られながら、無我の祈祷に浸り切った。
○
「クララ……クララ」
クララは眼をさましていたけれども返事をしなかった。幸に母のいる方には後ろ向けに、アグネスに寄り添って臥《ね》ていたから、そのまま息気《いき》を殺して黙っていた。母は二人ともよく寝たもんだというような事を、母らしい愛情に満ちた言葉でいって、何か衣裳ら
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