よろけるような足どりで、見えないものに引ずられながら、堂母《ドーモ》の広場の方に近づいて来た。それを見つけると、引返して来た青年たちは一度にとき[#「とき」に傍点]をつくって駈《か》けよりざまにフランシスを取かこんだ。「フランシス」「若い騎士」などとその肩まで揺《ゆす》って呼びかけても、フランシスは恐《おそろ》しげな夢からさめる様子はなかった。青年たちはそのていたらく[#「ていたらく」に傍点]にまたどっと高笑いをした。「新妻《にいづま》の事でも想像して魂がもぬけたな」一人がフランシスの耳に口をよせて叫んだ。フランシスはついた狐《きつね》が落ちたようにきょとん[#「きょとん」に傍点]として、石畳から眼をはなして、自分を囲むいくつかの酒にほてった若い笑顔を苦々しげに見廻わした。クララは即興詩でも聞くように興味を催《もよ》おして、窓から上体を乗出しながらそれに眺め入った。フランシスはやがて自分の纏《まと》ったマントや手に持つ笏《しゃく》に気がつくと、甫《はじ》めて今まで耽《ふけ》っていた歓楽の想出《おもいで》の糸口が見つかったように苦笑いをした。
「よく飲んで騒いだもんだ。そうだ、私は新妻の事を考えている。しかし私が貰《もら》おうとする妻は君らには想像も出来ないほど美しい、富裕な、純潔な少女なんだ」
そういって彼れは笏を上げて青年たちに一足先きに行けと眼で合図した。青年たちが騒ぎ合いながら堂母《ドーモ》の蔭に隠れるのを見届けると、フランシスはいまいましげに笏を地に投げつけ、マントと晴着とをずたずたに破りすてた。
次の瞬間にクララは錠のおりた堂母《ドーモ》の入口に身を投げかけて、犬のようにまろびながら、悔恨の涙にむせび泣く若いフランシスを見た。彼女は奇異の思いをしながらそれを眺めていた。春の月は朧《おぼ》ろに霞《かす》んでこの光景を初めからしまいまで照している。
寺院の戸が開いた。寺院の内部は闇で、その闇は戸の外に溢れ出るかと思うほど濃かった。その闇の中から一人の男が現われた。十歳の童女から、いつの間にか、十八歳の今のクララになって、年に相当した長い髪を編下げにして寝衣《ねまき》を着たクララは、恐怖の予覚を持ちながらその男を見つめていた。男は入口にうずくまるフランシスに眼をつけると、きっ[#「きっ」に傍点]とクララの方に鋭い眸《ひとみ》を向けたが、フランシスの襟元《
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