恐《お》ず仁右衛門の所に歩いて来た。待ちかまえた仁右衛門の鉄拳はいきなり十二ほどになる長女の痩《や》せた頬《ほお》をゆがむほどたたきつけた。三人の子供は一度に痛みを感じたように声を挙げてわめき出した。仁右衛門は長幼の容捨《ようしゃ》なく手あたり次第に殴りつけた。
 小屋に帰ると妻は蓆の上にペッたんこに坐って馬にやる藁《わら》をざくりざくり切っていた。赤坊はいんちこ[#「いんちこ」に傍点]の中で章魚《たこ》のような頭を襤褸《ぼろ》から出して、軒から滴り落ちる雨垂れを見やっていた。彼れの気分にふさわない重苦しさが漲《みなぎ》って、運送店の店先に較《くら》べては何から何まで便所のように穢《きたな》かった。彼は黙ったままで唾をはき捨てながら馬の始末をするとすぐまた外に出た。雨は膚《はだ》まで沁《し》み徹《とお》ってぞくぞく寒かった。彼れの癇癪《かんしゃく》は更《さ》らにつのった。彼れはすたすたと佐藤の小屋に出かけた。が、ふと集会所に行ってる事に気がつくとその足ですぐ神社をさして急いだ。
 集会所には朝の中《うち》から五十人近い小作者が集って場主の来るのを待っていたが、昼過ぎまで待ちぼけを喰《く
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