要《い》るなら川森の保証で少し位は融通すると付加えるのを忘れなかった。しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、挨拶一つせずにさっさと別れて歩き出した。
 玉蜀黍殻《とうきびがら》といたどり[#「いたどり」に傍点]の茎で囲いをした二間半四方ほどの小屋が、前のめりにかしいで、海月《くらげ》のような低い勾配《こうばい》の小山の半腹に立っていた。物の饐《す》えた香と積肥《つみごえ》の香が擅《ほしいまま》にただよっていた。小屋の中にはどんな野獣が潜んでいるかも知れないような気味悪さがあった。赤坊の泣き続ける暗闇の中で仁右衛門が馬の背からどすんと重いものを地面に卸《おろ》す音がした。痩馬は荷が軽るくなると鬱積《うっせき》した怒りを一時にぶちまけるように嘶《いなな》いた。遙かの遠くでそれに応《こた》えた馬があった。跡は風だけが吹きすさんだ。
 夫婦はかじかんだ手で荷物を提《さ》げながら小屋に這入った。永く火の気は絶えていても、吹きさらしから這入るとさすがに気持ちよく暖《あたたか》かった。二人は真暗な中を手さぐりであり合せの
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