こう》じ果てて妻はぽつりと淋しそうに玉蜀黍殻《とうきびがら》の雪囲いの影に立っていた。
 足場が悪いから気を付けろといいながら彼《か》の男は先きに立って国道から畦道《あぜみち》に這入《はい》って行った。
 大濤《おおなみ》のようなうねりを見せた収穫後の畑地は、広く遠く荒涼として拡《ひろ》がっていた。眼を遮《さえぎ》るものは葉を落した防風林の細長い木立ちだけだった。ぎらぎらと瞬《またた》く無数の星は空の地《じ》を殊更《ことさ》ら寒く暗いものにしていた。仁右衛門を案内した男は笠井という小作人で、天理教の世話人もしているのだといって聞かせたりした。
 七町も八町も歩いたと思うのに赤坊はまだ泣きやまなかった。縊《くび》り殺されそうな泣き声が反響もなく風に吹きちぎられて遠く流れて行った。
 やがて畦道《あぜみち》が二つになる所で笠井は立停った。
 「この道をな、こう行くと左手にさえて小屋が見えようがの。な」
 仁右衛門は黒い地平線をすかして見ながら、耳に手を置き添えて笠井の言葉を聞き漏らすまいとした。それほど寒い風は激しい音で募っていた。笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が
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