見つめながらも考えこんだまま暮すような日が幾日も続いた。
佐藤をはじめ彼れの軽蔑《けいべつ》し切っている場内の小作者どもは、おめおめと小作料を搾取《しぼりと》られ、商人に重い前借をしているにもかかわらず、とにかくさした屈托《くったく》もしないで冬を迎えていた。相当の雪囲いの出来ないような小屋は一つもなかった。貧しいなりに集って酒も飲み合えば、助け合いもした。仁右衛門には人間がよってたかって彼れ一人を敵にまわしているように見えた。
冬は遠慮なく進んで行った。見渡す大空が先ず雪に埋められたように何所《どこ》から何所まで真白になった。そこから雪は滾々《こんこん》としてとめ度なく降って来た。人間の哀れな敗残の跡を物語る畑も、勝ちほこった自然の領土である森林も等しなみに雪の下に埋れて行った。一夜の中《うち》に一尺も二尺も積り重なる日があった。小屋と木立だけが空と地との間にあって汚ない斑点《しみ》だった。
仁右衛門はある日膝まで這入《はい》る雪の中をこいで事務所に出かけて行った。いくらでもいいから馬を買ってくれろと頼んで見た。帳場はあざ笑って脚の立たない馬は、金を喰う機械見たいなものだといった。そして竹箆返《しっぺがえ》しに跡釜《あとがま》が出来たから小屋を立退けと逼《せま》った。愚図愚図していると今までのような煮え切らない事はして置かない、この村の巡査でまにあわなければ倶知安《くっちゃん》からでも頼んで処分するからそう思えともいった。仁右衛門は帳場に物をいわれると妙に向腹《むかっぱら》が立った。鼻をあかしてくれるから見ておれといい捨てて小屋に帰った。
金を喰う機械――それに違いなかった。仁右衛門は不愍《ふびん》さから今まで馬を生かして置いたのを後悔した。彼れは雪の中に馬を引張り出した。老いぼれたようになった馬はなつかしげに主人の手に鼻先きを持って行った。仁右衛門は右手に隠して持っていた斧《おの》で眉間《みけん》を喰らわそうと思っていたが、どうしてもそれが出来なかった。彼れはまた馬を牽《ひ》いて小屋に帰った。
その翌日彼れは身仕度をして函館《はこだて》に出懸けた。彼れは場主と一喧嘩《ひとけんか》して笠井の仕遂《しおお》せなかった小作料の軽減を実行させ、自分も農場にいつづき、小作者の感情をも柔らげて少しは自分を居心地よくしようと思ったのだ。彼れは汽車の中で自分のいい分を
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