る位えにゃ手でも握って、祝福の一つ二つはやってやる所だったんだ。誓言そうして見せるんだった。それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったんた[#「た」はママ]。己れにゃ芝居ってやつが妙に打て無え。
 気心でかヤコフ・イリイッチの声がふと淋しくなったと思ったので、振向いて見ると彼は正面を向いて居た。波の反射が陽炎の様にてらてらと顔から半白の頭を嘗めるので、うるさ相に眼をかすめながら、向うの白く光った人造石の石垣に囲まれたセミオン会社の船渠《ドック》を見やって居る。自分も彼の視線を辿った。近くでは、日の黄を交えて草緑なのが、遠く見透すと、印度藍を濃く一刷毛横になすった様な海の色で、それ丈けを引き放したら、寒い感じを起すにちがいないのが、堪え切れぬ程暑く思える。殊にケルソン市の岸に立ち竝んだ例のセミオン船渠《ドック》や、其の外雑多な工場のこちたい赤青白等の色と、眩るしい対照を為して、突っ立った煙突から、白い細い煙が喘ぐ様に真青な空に昇るのを見て居ると、遠くが霞んで居るのか、眼が霞み始めたのかわからなくなる。
 ヤコフ・イリイッチはそうしたままで暫く黙って居た
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