だと思って居やがるんだ。虫っけらの眼から贅沢水を流す様な事をして居やがって、憚りながら口幅ってえ事が云える義理かい。イフヒムの奴も太腐れて居やがる癖に、胸三寸と来ちゃからっきし乳臭《うぶ》なんだ。
だが彼奴の一念と来ちゃ油断がなら無え。
宜いか。
[#ここで字下げ終わり]
 又肩からもたれかかる様にすり寄って、食指で私の膝を念入に押しながら、
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宜いか、今日で此の船の※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]落しも全然《すっかり》済む。
[#ここで字下げ終わり]
 斯う云って彼は私の耳へ口を寄せた。
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全然済むんでグリゴリー・ペトニコフの野郎が検分に船に来やがるだろう。
イフヒムの奴、黙っちゃ居無え筈だ。
[#ここで字下げ終わり]
 私は「黙っちゃ居ねえ」と云う簡単な言葉が、何を言い顕わして居るかを、直ぐ見て取る事が出来た。余りの不意に思わず気息を引くと、迸る様に鋭く動悸が心臓を衝くのを感じた。而してそわそわしながら、ヤコフ・イリイッチの方を向くと、彼の眼は巖の様な堅い輪廓の睫の中から、ぎらっと私を見据えて居た。思わず視線
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