を開け、簪《かんざし》をつまみ出し、香水の瓶をちよつと鼻の先に当てて匂ひを嗅ぐと、礼も言はずに戸棚の中に蔵《しま》つた。
 そんなことも忽ちバレてしまつた。最早私は、家のものからも、近所の誰からも軽蔑された。道を歩けば、子供でさへ指を差して私のことを嗤《わら》つた。私は道の行き過ぎに私を弥次る子供が何より怖くて、子供の群を見つけると遠廻りしても避けるなど、日々卑屈になつて行つた。
 二年の月日が経つた。それまで時をり己が変心を悔いたやうな詫《わ》びの便りを寄越してゐた伊藤が、今度中学を卒業し、学校の推薦でK市の高等学校へ無試験で入る旨を知らせて来た。私が裏の池のほとりにつくばつて草刈鎌を砥石《といし》で研《と》いでゐるところへ、父はその葉書を持つて来て、
「われも、中学を続けときや、卒業なれたのに、惜しいことをしたのう。半途でやめて、恥ぢばつかり掻《か》いて……」と、如何にも残念さうに言ひ放つて、顔を硬張《こはゞ》らせ、広い口を真一文字に結んで太い溜息を吐いた。
 徴兵検査が不合格になると私はY町の瓦斯《ガス》会社の上役の娘と結婚した。中学に入学した折、古ぼけた制服を着た一人の生徒の、胸のポケットの革の鉛筆|※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さし》に並べて※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]した、赤や青や紫やの色とり/″\の鉛筆と、それ等の鉛筆の冠つた光彩陸離たるニッケルのカップとが、私の眼を眩惑《げんわく》させたのであつた。その生徒は英語が並外れて達者なので非常な秀才だらうと驚きの眼をもつて見てゐたのに、後で分つたがそれは落第生であつた。私の妻はその落第生の姉であつたことを知つて、くすぐつたいやうな妙にイヤな気がした。それに何んといふ手落ちな頓馬《とんま》なことであつたであらう、婚礼の晩の三三九度の儀式に私はわなわな顫《ふる》へて三つ組の朱塗の大杯を台の上に置く時カチリと音をさせたが、彼女は実に落着払つてやつてのけたのも道理、彼女は三三九度がこれで二度目の出戻りであつたことを知つたのは子供が産れて一年もしてからであつた。私は彼女の鏡台を足蹴《あしげ》にして踏折つた、針箱を庭に叩きつけた、一度他家に持つて行つたものを知らん顔して携へて来るなど失敬だと怒つて。さうして性懲《しやうこ》りのない痴
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