るやうな慘虐な、ずゐぶん兇暴なものであつた。もちろん圭一郎は千登世に對して無上の恩と大きな責任とを感じてゐた。飛んで灯に入る愚な夏の蟲にも似て、彼は父の財産も必要としないで石に齧《かじ》りついても千登世を養ふ決心だつた。が、自分ひとりは覺悟の前である生活の苦鬪の中に羸弱《ひよわ》い彼女までその渦の中に卷きこんで苦勞させることは堪へ難いことであつた。
圭一郎は、父にも、妹にも、誰に對しても告白のできぬ多くの懺悔を、痛みを忍んで我と我が心の底に迫つて行つた。
結局、故郷への手紙は思はせ振りな空疎な文字の羅列に過ぎなかつた。けれども一國《いつこく》な我儘者の圭一郎に傅《かしづ》いて嘸々《さぞ/\》氣苦勞の多いことであらうとの慰めの言葉を一言千登世宛に書き送つて貰ひたいといふことだけはいつものやうに冗《くど》く、二伸としてまで書き加へた。
圭一郎が父に要求する千登世への劬《いたは》りの手紙は彼が請ひ求めるまでもなくこれまで一度ならず二度も三度も父は寄越したのであつた。父は最初から二人を別れさせようとする意志は微塵も見せなかつた。別れさしたところで今さらをめ/\村に歸つて自家の閾《しきゐ》が跨がれる圭一郎でもあるまいし、同時に又千登世に對して犯した我子の罪を父は十分感じてゐることも否《いな》めなかつた。鼎《かなへ》の湯のやうに沸き立つ喧《やかま》しい近郷近在の評判や取々の沙汰に父は面目ながつて暫らくは一室に幽閉してゐたらしいが其間も屡便りを送つて來た。さま/″\の愚痴もならべられてあるにしても、何うか二人が仲よく暮らして呉れとかお互に身體さへ大切にして長生してゐれば何時か再會が叶ふだらうとか、其時はつもる話をしようとか書いてあつた。そして定《きま》つたやうに「何もインネンインガとあきらめ居候」として終りが結んであつた。時には思ひがけなく隣村の郵便局の消印で爲替が封入してあることも度々だつた。村の郵便局からでは顏|馴染《なじみ》の局員の手前を恥ぢて、杖に縋《すが》りながら二里の峻坂を攀《よ》ぢて汗を拭き/\峠を越えた父の姿が髣髴《はうふつ》して、圭一郎は極度の昂奮から自殺してしまひたいほど自ら責めた。
圭一郎は何處に向かはうと八方塞がりの氣持を感じた。心に在るものはたゞ身動きの出來ない呪縛《じゆばく》のみである。
圭一郎は社を早目に出て蠣殼町《かきがらちやう》の酒問
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