で考へられた。そして眼隱された奔馬のやうな無智さで、前後も考へず有無なく結婚してしまつた。
結婚生活の當初咲子は豫期通り圭一郎を嬰兒《えいじ》のやうに愛し劬《いたは》つてくれた。それなら彼は滿ち足りた幸福に陶醉しただらうか。すくなくとも形の上だけは琴《きん》と瑟《ひつ》と相和したが、けれども十九ではじめて知つた悦びに、この張り切つた音に、彼女の弦は妙にずつた音を出してぴつたり來ない。蕾を開いた許りの匂の高い薔薇の亢奮が感じられないのは年齡の差異とばかりも考へられない。一體どうしたことだらう? 彼は疑ぐり出した。疑ぐりの心が頭を擡《もた》げるともう自制出來る圭一郎ではなかつた。
「咲子、お前は處女だつたらうな?」
「何を出拔《だしぬ》けにそんなことを……失敬な」
火のやうな激しい怒りを圭一郎は勿論|冀《こひねが》うたのだが、咲子は怒つたやうでもあるし、怒り方の足りない不安もあつた。彼の疑念は深まるばかりであつた。そして蛇のやうな執拗さで間がな隙がな追究しずにはゐられなかつた。
「ほんたうに處女だつた?」
「女が違ひますよ」
「縱令《よし》、それなら僕のこの眼を見ろ。胡魔化したつて駄目だぞ!」
圭一郎はきつと齒を喰ひしばり羅漢のやうな怒恚《いか》れる眼を見張つた。
「幾らでも見ててあげるわ」と言つて妻は眸子《ひとみ》を彼の眼に凝つと据ゑたが、直ぐへんに苦笑し、目叩《またゝき》し、
「そんなに疑ぐり深い人わたし嫌ひ……」
「駄目、駄目だ!」
何んと言つても妻の暗い翳《かげ》を圭一郎は直感した。其後幾百回幾千回斯うした詰問を、敏雄が産まれてからも依然として繰返すことを止めはしなかつた。圭一郎はY町の妻の實家の近所の床屋にでも行つて髮を刈り乍ら他哩《たわい》のない他人の噂話の如く裝つてそれとなく事實を突き留めようかと何遍決心したかしれなかつた。が、卒《いざ》となると果し兼ねた。子供の時父の用箪笥《ようだんす》から六連發のピストルを持出し、妹を目蒐《めが》けて撃つぞと言つて筒口を向け引金に指をかけた時、はつと思つて彈倉を覗くと六個の彈丸が底氣味惡く光つてをるではないか! 彼はあつと叫んで危なく失神しようとした。丁度それに似た氣持だつた。若し引金を引いてゐたらどうであつたらう。この場合若し圭一郎が髮床屋にでも行つて「それだ」と怖い事實を知つた曉を想像すると身の毛は彌立《よ
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