びさし》を掠めてドツツツと地上に滑り落ちた。
「あつ、あぶない!」
と圭一郎は、慄然《りつぜん》と身顫ひして兩手で机を押さへて立ち上つた。故郷の家の傾斜の急な高い茅葺《かやぶき》屋根から、三尺餘も積んだ雪のかたまりがドーツと轟然《ぐわうぜん》とした地響を立てて頽《なだ》れ落ちる物恐ろしい光景が、そして子供が下敷になつた怖ろしい幻影に取つちめられて、無意識に叫び聲をあげた。
「どうなすつたの?」
 千登世はびつくりして隣室から顏を覗けた。
 圭一郎は巧に出たら目な言ひわけをして其場を凌《しの》いだが、さすがに眼色はひどく狼狽《あわ》てた。彼は、その日は終日性急な軒の雪溶けの雨垂の音に混つて共同門の横手の宏莊な屋敷から泄《も》れて來るラヂオのニュースや天氣豫報の放送にも、氣遣はしい郷國の消息を知らうと焦心して耳を澄ました。
 夜分など机に凭《よ》つてゐるとへん[#「へん」に傍点]に息切れを覺え、それに頭の中がぱり/\と板氷でも張るやうに冷えるので、圭一郎は夕食後は直ぐ蒲團の中に腹匍《はらば》ひになつて讀むともなく古雜誌などに眼を晒《さら》した。千登世が針の手をおく迄は眠つてはならないと思つても、體の疲れと氣疲れとで忽ち組んだ腕の中に顏を埋めてうと/\とまどろむのであつた。……「敏ちやん!」と狂氣のやうに叫んだと思ふと眼が醒めた。その時は夜は隨分更けてゐたが千登世はまだせつせと針を運んでゐたので、魘《うな》される圭一郎をゆすぶり醒ましてくれた。
「夢をごらんなすつたのね」
「あゝ、怕《おそ》ろしい夢を見た……」
 確かに「敏ちやん」と子供の名前を大聲で呼んだのだが、千登世には、それだと判らなかつたらしい。平素彼は彼女の前で噫《おくび》にも出したことのない子供の名を假令《たとひ》夢であるにしても呼んだとしたら、彼女はどんなに苦しみ出したかしれなかつた。彼は息を吐《つ》いて安堵の胸を撫でた。圭一郎は夢の中で子供に會ひに故郷に歸つたのだ。宵闇にまぎれて村へ這入り閉まつてる吾家の平氏門を乘り越えて父と母とを屋外に呼び出した。が、親達は子供との會見をゆるしてくれない。會はしたところで又直ぐ別れなければならないのなら、お互にこんな罪の深いことはないのだからと言ふ。折角子供見たさの一念から遙々歸つて來たのだから、一眼でも、せめて遠眼にでも會はしてほしいと縁側で押問答をしてゐると、「父ち
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