晩に大變ですね。」
「まさか、土地の人は出さないだらう。」
「土牢拜觀五錢、大佛樣御胎内二錢、棧橋を渡れば三錢、岩屋に入れば五錢……どこもかしこもタダでは通しませんね。關所々々では呼び留められて、やれ五錢、やれ三錢……」とユキは、斯う言つてへうきんに笑つた。
私は誘はれて聲を立てゝ笑つた。
一つ所に立つて、左手の長い半月形の濱で地曳網を引く漁師たちの律動的な運動、オーイオーイと遠くの方で渇を愬《うつた》ふ呼び聲、ビール壜に詰めた水を運ぶ女房たち――そうした彼等の生活を、私共は半ば憧憬の心をもつて暫らくの間見てゐた。
何故《なぜ》かしら、私達は一刻も早く由比ヶ濱に行きたかつた。そこで思ふ存分最後に遊びたいのであつた。それに、また、アイ子さんの一家に逢ひはしないかといふ懸念が手傳つて、午さがりの片瀬海水浴場の雜沓の中を、さつさと引きあげた。
電車が腰越に停つた時、ユキは問かかけた。
「あなた、こゝですね腰越といふのは、義經の腰越状といふのは、此處で書いたのですね。」
「腰越状? どういふのであつたかな……」
「あれを知らないんですか。義經が兄の頼朝の誤解をとかうと思つて書いた手紙ぢ
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