一心に沖を見ていた為吉は、ふと心づいてあたりを見廻《みまわ》しました。浜には矢張《やは》り誰もいませんでした。何の物音もなく、村全体は、深い昼寝の夢にふけっているようでした。鳶《とび》が一羽ものものしげに低く浜の方に翔《かけ》っていました。
 為吉はまた沖を眺めました。白山は益々《ますます》はっきりして来ました。さっきの白帆が大分《だいぶ》大きくなって、しまき[#「しまき」に傍点]が沖の方からだんだんこちらに近づいて来ました。あのしまき[#「しまき」に傍点]がこの海岸に達すると、もう本物の南東風《くだり》だ、もう、それも十分《じっぷん》と間《ま》がない、――白山、南東風《くだり》、難破船、溺死《できし》――、こういう考《かんがえ》がごっちゃになって為吉の頭の中を往来しました。誰か死ぬというような思《おもい》が、ひらめくように起りました。胸が何物かに引きしめられて、息苦しいような気さえして来ました。何を思う余裕もなく、為吉は刻一刻に荒れて来そうに思われる海の上を見つめていました。自分が今どんなところにいるかということも忘れてしまっていました。
 じっと耳をすましていると、どこかに助
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