に気にもとめず、
「どうもないだろう。」と坐《すわ》ったまま廂《ひさし》の先から空を見上げて、「大丈夫やろう、あの通り北風雲《あいぐも》だから。」と言いました。
「それでも白山が見えるから、今に南東風《くだり》になるかも知れん。僕が沖を見ていたら、帆前船が一|艘《そう》、南東風《くだり》が吹いて来ると思うたか、一生懸命に福浦《ふくうら》へ入って行った。ありゃきっと暴風《しけ》になると思うて逃げて行ったのに違いなかろう。」と為吉は自信があるように言いました。
父親はにっこり笑いました。為吉の子供らしい無邪気の言葉が、父親にはおかしい程《ほど》でした。そして、
「お前、三里も向うが見えるかい?」とからかうように言いました。
福浦というのは、為吉の村の向岸《むこうぎし》の岬《みさき》の端《はし》にある港で、ここから海上三里のところにあるのでした。
為吉の村は、能登国《のとのくに》の西海岸にある小さな漁村で、そして父親は貧しい漁夫《りょうし》でした。村の北の方は小高い山を負《お》い、南に海を受けているので、南東《くだり》の風が吹くと、いつも海が荒れるのでした。漁舟《りょうぶね》や、沖を航
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