お父さんは酔うとるもんで、又いつもの愚痴が始まったのやわいの。」
「何じゃ! おれが酔うとる? 何処に己りゃ酔うて居るかいや。」
「そうじゃないかいね、お前様、そんなね酔うて愚痴を言うとるじゃないかね。」
「何時愚痴を言うたい? これが愚痴かい。人に手紙を読うでやるのに、あんな読方が何処の国にあろい?」
「あれで分ってるでないかいね、執拗《しつこ》い!」
「擲《たゝ》きつけるぞ! 貴様までが……」と父は恐しい権幕になった。枕でも投げようとしたのか、浅七は、
「父様《とうと》何するがいね、危い。……この母様《かあか》また黙って居らっされかア。」と仲裁する様に言った。
「まるで心狂《しんきょう》のようやが。」と母は稍々《やゝ》小さな声で言った。
 奥の間の方から猫がニャンと泣いてのそ/\やって来た。それで父親は益々《ます/\》癪《しゃく》に触ったと見えて、
「屁糞喰らえ!」と呶鳴《どな》りつけた。
 母と弟とはドッと笑い出した。恭三は黙って居った。猫は恭三の前に一寸立ち止って、もう一度ニャンと啼いてすと/\と庭に下りて行った。父親は独言の様に、
「己りゃこんな無学なもんじゃさかい、愚痴やも
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