った。
「浅七、お前読まなんだのかい。」
 恭三は不平そうに言った。
「うむ、何も読まん。」
「何をヘザモザ言うのやい。浅七が見たのなら、何もお前に読んで呉れと言わんない※[#感嘆符二つ、1−8−75] あっさり読めば宜《よ》いのじゃないか。」
 父親の調子は荒かった。
 恭三はハッとした。意外なことになったと思った。が妙な行きがかりで其儘《そのまゝ》あっさり読む気にはなれなかった。それで、
「何処にありますか。」と大抵其在所が分って居たが殊更《ことさら》に尋ねた。
 父は答えなかった。
「炉縁《ろぶち》の上に置いてあるわいの。浅七が蚊帳に入ってから来たもんじゃさかい、読まなんだのやわいの。邪魔でも一寸読んで呉んさい。」と母は優しく言った。
 恭三は洋灯を明るくして台所へ行った。炉縁の角の所に端書と手紙とが載って居た。恭三は立膝のまゝでそれを手に取った。
 生温い灰の香が鼻についた。蚊が二三羽耳の傍で呻《うな》った。恭三は焦立《いらだ》った気持になった。呼吸がせわしくなって胸がつかえる様であった。腋の下に汗が出た。
 先ず端書を読んだ。京都へ行って居る八重という本家の娘からの暑中見舞で
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