が細くしてあった。
「もう寝たんですか。」
「寝たのでない、横に立って居るのや。」と弟の浅七が洒落《しゃれ》をいった。
「起きとりゃ蚊が攻めるし、寢るより仕方がないわいの。」と母は蚊帳の中で団扇《うちわ》をバタつかせて大きな欠伸《あくび》をした。
恭三は自分の部屋へ行こうとして、
「手紙か何か来ませんでしたか。」と尋ねた。
「お、来とるぞ。」と恭三の父は鼻のつまった様な声で答えた。彼は今日笹屋の土蔵の棟上《むねあげ》に手伝ったので大分酔って居た。
手紙が来て居ると聞いて恭三は胸を躍《おど》らせた。
「えッ、どれッ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」慌てて言って直ぐに又、「何処《どこ》にありますか。」と努めて平気に言い直した。
「お前のとこへ来たのでない。」
「へえい……。」
急に張合が抜けて、恭三はぼんやり広間に立って居た。一寸《ちょっと》間を置いて、
「家《うち》へ来たんですか。」
「おう。」
「何処から?」
「本家《おもや》の八重さのとこからと、清左衛門の弟様《おっさま》の所から。」と弟が引き取って答えた。
「一寸読んで見て呉れ、別に用事はないのやろうけれど。」と父がやさしく言った。
「浅七、お前読まなんだのかい。」
恭三は不平そうに言った。
「うむ、何も読まん。」
「何をヘザモザ言うのやい。浅七が見たのなら、何もお前に読んで呉れと言わんない※[#感嘆符二つ、1−8−75] あっさり読めば宜《よ》いのじゃないか。」
父親の調子は荒かった。
恭三はハッとした。意外なことになったと思った。が妙な行きがかりで其儘《そのまゝ》あっさり読む気にはなれなかった。それで、
「何処にありますか。」と大抵其在所が分って居たが殊更《ことさら》に尋ねた。
父は答えなかった。
「炉縁《ろぶち》の上に置いてあるわいの。浅七が蚊帳に入ってから来たもんじゃさかい、読まなんだのやわいの。邪魔でも一寸読んで呉んさい。」と母は優しく言った。
恭三は洋灯を明るくして台所へ行った。炉縁の角の所に端書と手紙とが載って居た。恭三は立膝のまゝでそれを手に取った。
生温い灰の香が鼻についた。蚊が二三羽耳の傍で呻《うな》った。恭三は焦立《いらだ》った気持になった。呼吸がせわしくなって胸がつかえる様であった。腋の下に汗が出た。
先ず端書を読んだ。京都へ行って居る八重という本家の娘からの暑中見舞で
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