かいが今は女に向けられたのである。
もう秋だった。父は叔母のために、旅に立つ荷造りをし、私の家にあった一番上等の夜具までもその中に包みこんだ。
母は弟をおぶって私と一緒に叔母を見送った。
「お嫁入り前のあんたを裸にして帰すなんてほんとにすまない、だけど、これも運がわるいんだとあきらめて……」
母はいくたびかいくたびかこんなことを繰返して途々叔母に詫びた。その眼には涙さえ浮んでいた。
私たちは途中まで送って帰って来た。停車場まで送って行った父は夕方になって帰って来た。
ああなんという朗《ほが》らかな晩だったろう。子ども心にも私はほっと一安心した。静かな、静かな、平和な晩だ!! けれど、けれど、やがて私たちは余りにも静かな生活を余儀なくされなければならなかった。なぜなら、すぐその翌日だったか四、五日たってからだったか、父もまた私たちの家から姿をかくしたからであった。
「ああ、くやしい。二人は私たちを捨てて駈け落ちしてしまったんだ」
と母は歯を噛みしばっていった。
胸に燃ゆる憤怨《ふんえん》の情を抱きながら、藁しべにでもすがりつきたい頼りない弱い心で、私たちはそれから、二人の在所《ありか》を探して歩いた。そしてとうとうある日、私たちの家から持って行った夜具を乾してある家を目あてに二人を見出すには見出したが、私たちはまた、例の下駄の鞭に見舞われただけで、何一つそこからは救いを得なかった。
底本:「日本の名随筆99 哀」作品社
1991(平成3)年1月25日第1刷発行
1992(平成4)年5月25日第4刷発行
底本の親本:「何が私をこうさせたか」筑摩書房
1984(昭和59)年2月
入力:渡邉 つよし
校正:門田 裕志
2001年9月19日公開
2005年12月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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