ーである。
Aのステップは簡単で浅く、軽いリズムでドンドンと登って行くに反して、Bの不安は彼のステップを歩一歩深く切り下げさせ、慎重に慎重を重ねた重いリズムで徐々に登って行く。
岩場においてもAのリズムはあくまで軽やかに、僅かのホールドに安んじて彼の体躯を進ませ、Bはあちこちとルートを考え求めて、安心のできるところに至って初めて自重しながら登高する。
Aはエクスパートであり、常に落着いた心境に安住して軽い気持で登って行き、Bは同じく澄み切った心境にあるといえ、ともすればその一隅に潜むビギナーなるための不安に脅かされて、重い気持の圧迫から自重の上になおも自重を重ねさされる。このとき、――Aがもしエクスパートのパーティであり、Bがビギナーの単独行ででもあった際は一層――事実においては世の登山家たちから「独りで? 乱暴な!」との非難を避けずにはいられないものなのである。
しかし、このように「安全性」の原点よりしてある人の山登りを観察し、それに対してなんらかの批判を下し得るものとして、考えて見給え、Aはこの際果してBよりも常に安全であり得るか、どうか? そして、Bはバランスの不足を補う
前へ
次へ
全233ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 文太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング