私は大町対山館を午前八時に出発し、途中葛ノ湯で半時間ほど温泉気分を味い十二時三十分に濁の小屋へ着いた。ここの主人はこれから烏帽子の小屋までは四時間から八時間くらいかかる、最初の日に無理をすると後で困るからぜひここへ泊れと言いながらお茶を出してくれた。私が昼飯を食っていると京大の連中二人が案内一人を連れて北鎌尾根から帰ってきた。私が京大の人が奥穂高でやられたねと言ったら誰だろうと大変心配し、そんなことなら上高地へ下ったらよかった。今から引返そうかと言ったが、そこに長野かどこかの新聞があって大阪高工の某と書いてあったので、こんな人は知らないし京大の者ではないと言って安心して下ってしまった。私はここを出て河原でちょっと迷ったが、尾根に取付いてから三時間ほどで烏帽子小屋へ着いた。そしてただちに烏帽子岳へ向い半時間で烏帽子岳北側へ着き、そこから最初簡単に岩を登って次に岩を這って行く、その次の岩の横腹へトラバースする割目があるが、とても私には通れないのでこの岩のナイフエッジにぶら下がって進んで行った。その次の岩はわけなく登れる、これが絶頂です。別に道があるように思ってあちこちと探してみたがわか
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