するほどだ。顔と手はどうしても皮の物を使わねばならぬと思った。鼻と口のところは呼吸をするので、それが凍って凍えそうだ。槍肩は西から吹き上げた風がすぐ槍沢へ吹き下ろすので、雪庇はできないらしい。槍の穂についている雪は凍っていないし、また雪崩を起すような軟かい雪でもなく、アイゼンでちょうどいいくらいに締っている。しかし傾斜が急なので手掛りのあるところでないと不安だ。それでほぼ夏道を右に見て、南向きの岩尾根を登り、頂上附近で夏道に上った。頂上は肩や槍沢等よりズッと風が弱く、長くいてもさほど寒くない。雪も少ししかなく、祠も三角標石も完全に出ている。子槍と大喰岳のあたりがときどき見えるだけで、霧のために冬山の大観は得られなかった。
 二月頃は快晴という日は一週間に一日くらいしかないようだ。しかし十四日と十五日に朝四時頃星が出ていたし、雪もちらちら降ってくるという程度であったから、晴天のうちかもしれない。
 槍沢の雪は僕の歩いた二日ともアイゼンでちょうどいいくらいに締っていたから、こんな日は雪崩の心配はないらしい。
 上高地は弥陀ヶ原のように凄く吹雪かないから、遊び半分に行ってもいいと思う。

 
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