が判然と残っているので、迷うこともなくラッセルも楽で案外早く冷泉小屋に着いた。そして行方不明になった人のあることを聞いて驚く。小屋にいた早稲田の人から、もし一人で登ってまた人々に迷惑をかけるようなことになるといけないから一緒に下山しようと言われた。僕は少し考えさせられた。しかし案外早く小屋に着くことができたのだし、天気がとてもよいので、今日中に頂上に登ることに決心し早稲田の人々を見送ってから頂上へ向った。
 小屋からちょっと登るともう森林帯を離れて、すばらしい斜面が頂上までつづいている。雪は風のためよく締っていた。シュプールを伝って難なく肩の小屋に着く。捜索にきていた二人の人の降って行くのを見送ってスキーをアイゼンに変えて頂上に向う。風はなかなか強いが天気はとてもよい。午後三時、頂きに立ちベルグハイルを三唱した。この方は乗鞍の連峰が遠く四ツ岳の方まで真白につづいていて、すばらしいスキー場をなしている。山の好きな連中があの辺をブンブン飛ばして歩き廻る時代も遠くないだろう。あたりは真白な一月の山が互いに美を競う。懐しい八ヶ岳の連峰もよく見える。肩の小屋から森林帯に入るまでスキーはとてもよく飛ぶ。ターンができないので、すぐ顔面制動をやる。森林帯に入ってからは傾斜が少し急になるので飛ばせない。小屋に帰った頃、八森山や八ヶ岳が夕映えに赤く輝いて嬉しかった。

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一月六日 雪 冷泉小屋六・三〇 番所原一〇・〇〇 奈川渡一二・〇〇 島々二・三〇
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 六日は吹雪で明けた。しかし僕は番所原の宿屋の人に暗い中から早く下山するようにと言われていたので止むなく吹雪をついて出発する。森林の下はスキーが下手なのでよく転んだ。鳥居のところはとても風が強かった。ここの急斜面はスキーをぬいだが、下の方はなかなかよいところだ。金山平から番所原まで傾斜がゆるいのによく滑って嬉しかった。

    槍ヶ岳

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二月十日 雪 柏矢町六・三〇 山番小屋九・三五 一ノ沢一八〇〇メートルくらいの地点にて引返す五・〇〇 山番小屋一二・〇〇
二月十一日 快晴 山番小屋八・〇〇 柏矢町一〇・三〇 稲核二・三〇 沢渡六・〇〇
二月十二日 雪 沢渡八・〇〇 中ノ湯一一・三〇 上高地温泉四・〇〇
二月十三日 雪 休養
二月十四日 曇 上高地温泉四・〇〇 明神池七・三〇 一ノ俣小屋一一・〇〇 大槍小屋下二・三〇 一ノ俣小屋四・〇〇
二月十五日 曇 一ノ俣小屋八・三〇 槍肩二・〇〇 槍頂上三・一五 槍肩四・〇〇 一ノ俣小屋六・〇〇 上高地温泉一二・三〇
二月十六日 曇 上高地温泉八・三〇 沢渡二・〇〇 島島七・三〇
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    常念岳一の沢

 鳥川橋から一里ほど登ったところに山番小屋がある。この附近は昨日降ったという新雪が五寸くらい積っていた。ここから十町くらい登ったところで炭焼道と別れて細い道を伝う。川を渡って、ちょっと行ってから峠の登り口がわからず一度引返したりした。この峠の下りからスキーを履く。ところどころ旧雪が残っている。川を横切る二つの橋は雪が積っているので馬乗りになって渡った。普通の人にはできない体裁の悪い方法だ。一ノ沢に限らず森林帯はウインド・クラストになるまではラッセルに苦しむ。ちょうど運悪く早朝星が出ていたのが禍いして雪が盛んに降り出し、昨日の新雪が堅くなっていないのでスキーが一尺くらいも沈むのだからたまらない。常念道と書いてある道標を辿り、だいたい夏道通り進んで、一八〇〇メートルくらいまで登った。もすこしで常念の登りにかかるのだが、ここへくるまでの予定時間はとうに過ぎて、予想は裏切られ、これからの登りに要する時間の予想ができなくなった。雪も止まぬし、風さえ強くなってきたので、このまま登っても常念の小屋に入れるかどうか疑問であり、一度も通ったことのない中山峠もあるので、ついに引返してしまった。僕が一昨年の十月十六日に常念の肩へ登ったときは雪の降っている日ではあったが、まだ夏道がわかるので大して迷わなかった。しかしそのときはズッと下の尾根に登ったから旧道を通ったのだろう、崩れたところがあって困った。また昨年五月二十七日はズッと奥へ入ってしまい、最後に谷が四つに分れていたので、右の一番大きな雪渓を登った。そのときは霧が巻いていてどこを歩いているのかわからなかったが、山の頂上で三角標石を見つけ、初めて横通岳に登ったことがわかった。その後今年の三月三十一日にここを通ってみた。このときも雪が降っていて見通しがきかなかった。谷が狭くなって川が完全に雪に埋もれてから左側の小さい尾根の根元に常念道と書いた布が枯木に結びつけてあった。これを過ぎてすぐ左から入ってくる小さい谷を登ったら、運よくこ
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