難小屋もあり乗鞍から御嶽へ登るにはこれが一番近いように思う。日和田から御嶽へ登る道も案外よくて予定より早く登れた。御嶽はなかなか繁盛している。しかし乗鞍は淋しかった。雨が降ったために平湯や白骨に居つづけている登山者の多いためだったのかもしれない。
 駒ヶ岳――西駒は中央アルプスといわれるだけあってなかなかいいところがある。北アルプスと南アルプスを前後に見る眺望は日本一だろう。駒縦走路は少しも危険なところがなく案外だった。南駒ヶ岳を乗越していい道があるのだったが知らなかったため、摺鉢窪《すりばちくぼ》へ下って人のいない小屋よりズーッと下の沢で野宿をした。翌朝午前十時飯島へ下って、有明からここまで十日間の長いコースを無事に終った。しかし山に別れることはなんとなく淋しかった。
 立山室堂――室に上下の差別があったり、蒲団を売店から借りなければならぬくらいはよいが、ここの人は皆不親切である。何を尋ねてもたいてい返事をしない、私が劔岳より小黒部のコースを中語《ちゅうご》君に聞いてみると初めは知らぬ顔をしていたが、そのうち一人曰くあそこはとても一人では行けない一人は案内もしない、一人で通れたら首でもやろうという口振りで道がどうついているのか幾ら聞いても冷かし半分で教えてくれない。こんな人情のない人々がこの神聖な高山にいるのかと呆れてしまった。立山室堂とはこんなところとは再三聞いてはいたが、余りのことに二度とくるところではないと思った。一人で小黒部に遊び鐘釣温泉、新鐘釣温泉を知るにつれいよいよ富山人ということが深く頭に染込んでしまった。小黒部が一人で通れないようでは高山探検は思いもよらぬことだと私は思う。しかし立山は悪くない、一度は登りたいものだ。
 南アルプス――仙丈岳はさすがに一万を抜く山だ。県設小屋の上の方に相当雪があった。東から北へ白峰山脈、富士山、鳳凰山、アサヨ峰、駒ヶ岳、八ヶ岳、北から西へ北アルプス、中央アルプス、南に赤石群山を望み人里離れた深山らしさは他の山では求められぬ、私は他の山で皆登山記念品を買うことができたが仙丈岳は何も無い。しかし仙丈岳の三角点の等級を知っているということのみは、私が登山したという最も確かな証拠であると思う。仙丈岳に登った人はたくさんあっても、これを知っている人は非常に少ないと私は信ずるから。東駒の下山道で尋常六年生くらいの子供二人に出会った。彼等は八合目の人のいない石室に寝て翌朝御来光を拝し下山したのだが、さすがは山の子、感心なものだ。
 八ヶ岳――権現岳の避難小屋に一泊したが、風通しのよいのに驚いた。雨は降る、風は吹く、雷の電光が遠く下の方で光って、夜は更けて行ったが、やっぱり小屋に寝たのだが、風も引かず愉快に八ヶ岳を縦走することができた。小屋はこの他たくさんあって登りよい山だ。眺望もなかなかアルプスに引けを取らぬ。
 浅間山――夜行登山には最適の山だ。どうせ神戸まではここから一日かかる。この一日の朝飯の前に登れるのだから面白い、夜は噴火口は赤くて物凄い、ときどき硫黄の臭いが鼻を螫す。日の出前はなかなか寒い。
[#地から1字上げ](一九二六・五・一)
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北アルプス初登山

    A

[#地から1字上げ]大正十五年七月二十五日(日曜日)晴
 午前六時三十五分有明駅着、少し休む。自動車あれども人多く自分は徒歩にて出発、自動車道なれば道よし、有明温泉を経て川を遡る。名古屋の人(高商生)と一緒に行く。アルプス山間たる価値ありき、中房《なかぶさ》温泉着約十二時、名古屋内燃機の人四人(加藤という人もありき)と逢えり、温泉に入浴昼食をとり一時中房温泉発、急なる登りなり、四時半|燕《つばくろ》小屋着、途中女学生の一隊多数下山するに逢う。サイダーを飲み高い金を払う。軽装(ルックザックを置き)にて燕頂上へ五時着、三角点にて万歳三唱せり。途中立山連峰、白馬、鹿島槍を見、鷲羽連峰等飛んで行けそうなるほど近くはっきりと見え心躍る、燕小屋へ引返し午後六時泊、槍は雲かかりて頂上見えず。

[#地から1字上げ]二十六日(月曜日)晴後雨
 燕小屋午前六時出発、この路アルプス銀座通りといい非常に景色よく道も良し、今朝の御来迎は相当よく富士などはっきり見え槍も見ゆ。大天井岳の前にて常念道、喜作新道の岐れ道あり、そこにルックザックを置き、大天井頂上を極む。三角点にて万歳三唱、豪壮なる穂高連峰、谷という谷に雪を一杯つめ、毅然とそびえたるを見、感慨無量なり、もとの道に引返しルックザックをかつぎ喜作新道を進む。右高瀬川の谷を眺め、眺望よきこと言語に絶す。この辺の景色北アルプス第一ならむ。西岳小屋にて休み焼印を押し、昼食をなす。途中広島の人(東京の学校にいる)東京の人(官吏)と三人となり十一時半頃出発、途中にて人々に別れ、一
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